幕間 月宮静夜をその気にさせ隊①
熱帯夜の沈黙
20時18分
康介:で、結局昨日は何もなかったのか?
栞:別にいいでしょう? 何もなくて。
康介:よくない! 面白くない!
めい:坂上先輩、クズッス。
もえ:ゲスいッス。
康介:俺は純粋に二人の仲が進展するように応援してるんだよ!
めい:本気で応援してるなら詰めが甘いッス。昨日も言ったッスけど、先輩はちょーが付くほど真面目で見栄っ張りスから、一緒のベッドで寝かせるだけじゃ意地でも我慢して何もして来ないッス。もっとこっちから積極的にアクションを起こさないと!
栞:アクションって?
めい:例えば……
♧♧♧
「……な、なあなあ、静夜君! まだ時間も早いし、よかったらここのテレビで、なんか映画でも観ぃひん?」
静夜がシャワーが終えて出て来るのを待って、栞はベッドの上でテレビのリモコンを握りながら、ねだるような仕草で提案した。
「映画? そんなの観れるんだ?」
ホテルのサービスで、部屋のテレビでは映画やドラマ、アニメなどの番組が多数視聴できるようになっている。ホテルに泊まることなど滅多にないから知らなかった。
「……せっかくやし、どうかなって……」
「いいよ。何観る?」
静夜は気安く賛成し、部屋の隅のチェアに腰掛ける。
思ったよりも簡単に事が進んだので、栞は戸惑った。心臓の鼓動がどんどん早くなる。
「夏だし、栞さんの好きなホラー映画とかかな? ……あ、ホラーじゃないけど、ハリウッドでシリーズ化しているあのヒーロー映画も結構面白かったって前に康介が言ってたよ?」
何も知らない静夜は呑気に候補を挙げ連ねていく。
栞はリモコンを操作しながら、顔が次第に熱くなっていくのを感じていた。
メニューを開けば、まずはジャンル選択の画面が出てくる。
洋画、邦画、海外ドラマ、国内ドラマ、アニメ、バラエティ。
映画を見ようと言ったはずなのに、栞はそれらのボタンを全て飛ばして、一番下にある『おとな』という項目でカーソルを止めた。
「……へ、へぇ……。こ、こんなのも、あるんや……」
白々しく
ウチなんでこんなことしてんのやろう? と思いながらも何故かその手を止められない。
「え? ちょっと、栞さん……?」
静夜が横から止めに来る前に、栞は決定のボタンに指を押し込む。
直後に現れる年齢確認のメッセージ。これが出るということは、つまり、その『おとな』に含まれる作品群が、そういう映像であることを示している。
栞は勢い任せの体当たりで扉をぶち破るように、『はい』の選択肢を
ずらりと並んだサムネイルを見て、目が回る。
やってしまった。
羞恥と興奮と混乱で、頭の中がぐらぐらする。
静夜の方を見ると、彼は驚きに目と口を開けたまま栞の横顔を見ており、視線が合うと顔を耳まで赤くして逃げるようにそっぽを向いた。
おそらく栞の顔も、彼と同じかそれ以上に紅潮していることだろう。
ここまで来たらもう、後には引けない!
膝下に置いたスマホを見て、
「……せ、静夜君のオススメってある?」
「お、オススメ⁉︎」
「う、うん。……普段、静夜君はどんなん観るんかなって……」
「ふ、普段って、僕はあまりこういうのは……。舞桜だってだいたい部屋に居るし……」
「せやけど今は、ウチと二人っきりやで……?」
「……」
さすが萌依だ。静夜が逃げるために使いそうな台詞まで予想が的中している。
攻め方としてはまず退路を断つ。それから引き込む。
「……そ、それに、興味ないってこともないやろ? ……せ、静夜君だってお、おとなの男の人なんやから……」
相手の目を見て、少し恥ずかしそうにお互いが異性であることを意識させる。
演技ではなく、本気で恥ずかしい。自分でも自分のしていることが信じられない。
けれどその緊張が作り出す空気によって、静夜は土俵際まで追い詰められていた。
ここで彼が、なおも抵抗を見せるようなら手段はただ一つ。
「……い、いや、でも、やっぱり別の映画に――」
「――えい!」
静夜の理性が発動したのを耳にした栞は、目をぎゅっと瞑って適当な作品を問答無用で再生させた。
静まり返る部屋。流れ始めるおとな向けのビデオ。
映し出されたタイトルは『ご主人様、いけないメイドにえっちなお仕置きしてください』。
露出の多いメイド服を着て微笑みを浮かべる女性の映像を前に、静夜と栞の思考は完全に停止し、二人はお互いに今の場所から動くことすら出来なくなる。
沈黙と硬直が支配したビジネスホテルの室内。
画面の向こうで男女がまぐわい続け、甲高い嬌声を響かせる地獄の120分間は、こうして始まった。
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