第5話 インターンシップ2日目(午前)
意外な再会
「二日目の今日は、会社見学と工場見学になります。昨日の説明にもありましたが、この東京本社のビルのすぐ隣には自社製品を製造する工場があります。工場は地方にもいくつかあって、ここで生産している商品は全体の三割にも満たないのですが、皆さんには実際に我が社の製品が出来上がっていく様子を見て頂きたいと思います。A~Dグループは午前にこのビルのオフィス、午後からは工場を。E~Hグループはその逆で見学して頂きます」
昨日と同じ会議室に集められた学生たちは、進行を担当する
スノーフォックスに探りを入れるのであれば、二日目のプログラムがまたとない機会だった。
それなのに。
「
「……あ、ああ。うん、大丈夫。ありがとう」
昨日出会ったばかりの
「そういえば
「え⁉ そ、そうやろか? き、昨日はぐっすり寝たはずなんやけどな……、あはは?」
「……」「……」
気まずい。
昨晩、例のおとな向けビデオを見終えた二人は、お互いに目も合わせられないまま同じベッドで横になり、ほとんど言葉を交わすことなく朝を迎えた。
栞はぐっすり眠れたと言っているが、少なくとも静夜はそうもいかなかった。
当然だ。
あんなビデオを一緒に見た後で、栞がすぐ隣にいるベッドの上で、まともに眠れるわけがない。
栞がなぜあのようなビデオを選び、途中で一度も止めることなく最後まで再生させたのかは分からない。
何度か目を背けたり、手で顔を覆ったり、悲鳴のような声を上げたりして顔を真っ赤にしながらそれでも映像を見続ける彼女を、静夜は結局止めることが出来なかった。
昨夜の出来事はいったい何だったのか、これから栞とどう接すればいいのか。この手の経験に乏しい月宮静夜にとって、それは入社試験以上に難しい試練だった。
静夜が一人で悶々と悩んでいるうちに、午前中に工場見学をするE~Hグループの学生たちは一度炎天下の野外へ出て少し歩き、オフィスビルに隣接している工場に到着する。
スーツを着こなしたサラリーマンがデスクに向かってキーボードを打ち続けるオフィスとは打って変わって、そこは大きな機械がいくつも立ち並び、薄緑色の作業着を着た人たちが歩き回る、まさしく製造の現場だった。
埃っぽい空気に、機械が動く音、油の臭い、毛糸の香り。
(いけない、いけない。今はここに来た本来の目的に集中しないと……!)
ハッと我に返った静夜は頭に渦巻く邪念を振り払って、目の前の光景とその裏に隠された秘密に意識を向けた。
工場内の案内役と思われる初老の男性が学生たちの前に出て来て挨拶を始める。
するとそこで静夜と栞は、見覚えのある丸眼鏡を見つけて驚きのあまり声を上げそうになった。
「……皆さん初めまして。機械や製造についての説明を致します、吉田と申します。本日は短い時間ですが、よろしくお願いします」
彼は以前、静夜たちがスノーフォックスの運営するスキー場『フォックスガーデン』を訪れた時にホテルの支配人を務めていた人物であり、スノーフォックスの成り立ちと雪ノ森
幼い頃の妖花が「仕上げ場のおじちゃん」と呼んでいた、丸眼鏡の吉田で間違いなかった。
工場見学が始まって少し。
別の担当者が機械についての専門的な話をしている隙に、吉田は集団の端にいた静夜たちに話しかけて来た。
「お久しぶりです、月宮様、三葉様。その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそ……って、そうじゃなくて! 吉田さんがなんでこんなところにいるんですか? スキー場の方は?」
周りには聞こえないように小声で応じる。
「夏ですので、ホテルや山の管理は別の人間に任せて、私はここのお手伝いをしに来ているのです。元々は『仕上げ場のおじちゃん』ですので」
「それでインターンシップの案内を?」
「ええ。
「それは助かります。工場の中を調べるには、今日が絶好の機会ですので」
思わぬ助っ人の登場に静夜は胸を熱くする。心強い味方だ。
「静夜君、せやけど、どないするつもり? こっそり抜け出すにしたってみんなに気付かれたら騒ぎになるで?」
「大丈夫。その辺は最初からちゃんと考えてあるから」
そう言うと静夜は、懐から
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
九字を切ると藁人形は姿を変え、静夜と同じ容姿の式神となった。
「わ、すごい!」
あまりにも精巧に出来た身代わりの顔を覗き込んで栞が驚きの声を上げる。
吉田も顔には出さないが、少し目を見開いて固まっていた。
「
「え? ウチが?」
「うん。工場内の調査は僕が一人で行くから」
「……う、うん。分かった」
栞は何か言いたげだったが、言葉を呑んで静夜の指示に頷いてくれた。
「私はどうすれば?」
「吉田さんはそのまま案内役を続けて下さい。万が一この式神が変な挙動をしても気にせずに、必要とあらばみんなの気を逸らして欲しいです。担当者の人が僕の不在と式神のことを知ってくれているだけでも大助かりです」
「かしこまりました」
「あとそれから、この工場の中に、社員の人でも立ち入り禁止になっている場所ってありますか?」
広い工場を闇雲に探すより、少しでも当てがあった方がありがたい。機密情報の全容は分からないまでも、怪しい場所がどこにあるかくらいは知っているかもと思って訊いてみる。
「それでしたら、ここの隣にある第二工場の二階から上が立ち入りの制限区域になっています。入れるのはごく一部の許可証を持った者のみで、私も入ったことがありません」
事前の説明によると、第二工場は数年前に完成したばかりの四階建ての施設とのことだった。新しく作られた工場で、吉田ですら入ったことがないと言うことは相当にきな臭い。
「分かりました。ありがとうございます
静夜は吉田にお礼を言うと、自身に隠形の術を掛けて学生たちの中から抜け出そうとする。
「――静夜君! ……気を付けてな?」
「うん。栞さんもその身代わりのこと、よろしく」
控えめに小さく手を振る彼女に心苦しさを覚えつつ、静夜は第二工場を目指して駆け出した。
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