月宮妖花のかくしごと

「うわっ!」「え?」


 突然後ろから声を掛けられて二人は驚きのあまり跳び上がる。


「あら、ごめんなさい。二人の時間を邪魔してしまったわね」


「……と、遠山とおやまさん!」


 会議室から静夜たちを追って来たのは、その火打石ひうちいし教授のゼミで勉強しているという遠山菜緒なおだった。


「い、いつからそこに?」


「ん? ついさっきだけど? ……何か聞かれたら不味い話でもしてたのかしら?」


「い、いいや⁉ 別に?」


 先程の会話を聞かれていたのではないかと心配した静夜は激しく首を振って追及を避ける。


「そ、それより、ウチらになんか用事?」


 栞が尋ねると遠山は「ああ、うん」と返事をした後、少しだけ躊躇うような素振りを見せた。


「大したことじゃないのだけれど、ちょっと、ずっと気になってたことがあるのよ。……月宮君に」


「え? 僕に?」


 てっきり栞に用があるのかと思っていた静夜は遠山に見つめられて首を傾げる。


「間違っていたら悪いのだけれど、月宮君って妹さんが居たりする?」


「――ッ!」


 緊張の線がピンと張った。

 だが、まだ慌てるような時間ではない。静夜は平静を装いつつ質問に応じた。


「……うん、いるけど? それがどうかしたの?」


「……それってもしかして、長い銀色の髪にみどり色の瞳をした、雪みたいにきれいな高校生くらいの女の子?」


 間違いない。遠山の言う静夜の妹とは、月宮妖花ようかのことだ。


「……どうして、それを?」


 今度は警戒を隠すことなく身構えた。

 なぜ遠山が妖花のことを知っているのか。なぜ容姿の似ていない静夜のことを兄だと思ったのか。何より、スノーフォックスの本社ビルの中で、雪ノ森妖花の話題を出したことに何か意図があるのか。

 さまざまな可能性が瞬時に脳裏を過ぎって不安になる。


 この反応を見た遠山は、自分が突然怖い話を始めたことを自覚し、慌てた様子で両手を振って「ごめんなさい、驚かせて!」と後退った。


「本当に大したことじゃないの。ただ、その妹さんを一度だけ大学で見かけたことがあって……」


「……妹を大学で?」


「そう。夏休みに入る少し前くらいに、ゼミの研究室に電話がかかって来たのよ。火打石教授はいらっしゃいますか? って。それを私が教授に取り次いだら元々会う約束をしていたみたいで、その後すぐに研究室に銀髪の女の子が尋ねて来たの。二人だけで教授の部屋に入って行ったから私とはほとんどすれ違いだったけれど、すごくきれいな子だったからよく覚えているわ」


(……妖花が、火打石教授と?)


 静夜の知らない話だ。妖花の口から火打石教授の名前が出たことは今までに一度もない。


「……何の話をしていたか分かりますか?」


 気になって尋ねてみるも、遠山は首を横に振る。


「盗み聞きの趣味はないわ。でも、その子が帰った後で先生に訊いたら、『死んだ友人の娘なんだ』ってことだけ言われて、それで余計に印象に残っているのよ。月宮って名字はそうそういないし、月宮君、火打石教授のことを知っているみたいだったからもしかしてと思って……」


「なるほど。それで僕が兄だと?」


「あまりにも似てないから自信はなかったんだけどね」


「よく言われる」


 血が繋がっていないので当然だが、説明が面倒な時はこう答えるようにしている。別に嘘ではない。


「なあ、静夜君のお義父さんが火打石教授と知り合いって、ほんま?」


「それは本当だよ。義父さんと教授は昔から交流があったみたいで、実は僕も小さい頃に一度だけ教授と会ったことがあるんだ。妹も面識はあるはずだけど、当時は人見知りが激しかったから話したことはなかったんじゃないかな……?」


 それが今になって連絡を取り合い、二人きりで秘密の話をしていたとなると、やはり何か特別な用事があったのだろう。


 義兄が知らない義妹のかくしごと。


 本人に尋ねてみるべきか否か。気付けば静夜は自分のことなど棚に上げて本気で思い悩んでいた。

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