数奇な巡り合わせ

 午後からはスノーフォックスが力を入れている広報に関する事業の話とそれを発展させるためのアイディアを出し合うグループワークが行われた。


 静夜たちのGグループは、真面目な内田と秀才の遠山が活発に意見を戦わせ、ムードメイカーの島崎がそれをまとめつつ、栞や井藤からも発言を引き出していた。

 各グループの発表を聞いたスノーフォックスの広報部からも、Gグループのアイディアは比較的好評で、心なしかメンバーの距離も近付いたように思える。


 入社を切望する内田がこの成果に満足したような表情を浮かべる中、一日目のプログラムは終了した。


「お疲れ様、三葉さん」


「あ、うん。遠山さんこそ、今日はおおきに。いろいろ訊いちゃってごめんなさい」


「いいわよ、あれくらい。私も楽しかったわ」


 解散の号令の後、遠山が栞に声を掛ける。たった一日で二人はかなり仲良くなったようだ。

 休憩の間もよく二人で話し込んでいて、主に栞が遠山の所属するゼミについて熱心に質問していた。


 満更でもないと言う遠山は、栞の隣にいる静夜の方を見て少し申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさいね、月宮君。彼女さんを取っちゃって……。寂しかったんじゃない?」


「え? ああ、いえ。栞さんが楽しそうなら僕はそれで……。それに僕たちはそういう関係ではないですから」


「あら、そうなの? 同じ大学だし、仲も良さそうだからてっきりそうなのかと思っていたわ」


「誤解です。確かに仲はいいと思いますが……」


「じゃあ他に恋人がいるとか?」


 遠山がそこで何故か栞の方に目を向けたので、彼女は目を見開きぶんぶんと首を横に振った。


「へぇ、そう……。良かったわね、島崎君」


「ちょ、菜緒なお! なんでそこで俺に振るの?」


 突然水を向けられた島崎は慌てた様子でリアクションを取った。


「だって、今日一日ずっとちらちらと三葉さんのこと見てたじゃない?」


「そ、そんなことないよ! 気のせいだって!」


「チッ。どいつもこいつも……。ここは恋人と一緒に遊びに来るところでも、恋人を探しに来るところでもないんだぞ?」


 そんなやり取りを見ていた内田からは辛辣な舌打ちが放たれる。


 帰り支度を済ませたリクルートスーツの学生は、静夜や島崎を鋭く一瞥して別れの挨拶もないまま颯爽と会議室を立ち去ろうとしていた。


「あ、ちょっと待てよ、優真ゆうま! これからみんなで一緒にご飯でも――」


「――興味ない」


 背を向けた内田を島崎が引き留めようとするが、彼はバッサリと誘いを断って帰ってしまった。


「……えっと、じゃあ、ここにいる五人でどうかな? せっかく同じ班になったんだし……」


「ごめんなさい。今日は私も遠慮しておくわ。また明日」


「あ、あたしも今日はこのあとバイト先に寄らないといけないから……、ごめん!」


 苦笑いを浮かべた島崎に追い打ちとばかりに遠山はそっけなく答え、井藤は申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる。


 がっかりと肩を落とす島崎を不憫ふびんに思いつつ、静夜と栞も会議室を後にした。


「ご飯、どうしようか。さすがに昨日と同じところはなんかもったいないし、栞さんはどこか行きたいお店とかある?」


 二人になったところで静夜が口を開く。

 付き合っていないのは本当でも、こんな会話を他の人に聞かれたら普通に誤解されてしまう。栞も少しだけ声を抑えて応じた。


「あ、それやったら、康君から近くのおすすめのお店聞いといたし、今日はここに行かへん?」


 楽しそうにスマホの画面を見せて来る彼女の提案に静夜が頷き、すんなりと夕食のメニューが決定する。


「それにしても、栞さんがあの火打石ひうちいし教授のゼミに入りたかったなんて知らなかったよ。びっくりした」


「え? 静夜君、火打石教授のこと知っとるの?」


「知ってるも何も、陰陽師協会の理事の一人なんだよ、あの人って」


「嘘⁉ やったら火打石教授ってほんまは悪い人なん?」


「わ、悪い人って……。陰陽師協会の理事会はみんな悪党ってわけじゃないよ? ……まあ、ロクでもない人の方が多いけど、火打石教授はその中でも珍しく、話の通じる御仁だよ」


「そ、そうなんや……」


 春先の一件のせいか、栞の中では陰陽師協会の理事は悪い人というイメージが定着しているようだ。あながち間違いでもないが、彼は数少ない例外と言える。


 それを聞いて栞も少し安堵したようだった。


「……高三で進路を考える時にな、友達と行ったオープンキャンパスでたまたま火打石教授の話を聞いたんや。あの先生のところに行ったら、ウチにしか見えてへんもののこととか、この鈴のこととかが分かるかもしれへんって思って、せやから浪人までして受験したんやけど、結局ダメやった。お父さんとお母さんは応援してくれたんやけど、本音では家から通えるところにして欲しいって思っとったみたいやし、ウチの気持ちも切れてしもうたから諦めたんや。……って、この辺の話は前にしたやんな?」


「うん、した。……でも、栞さんの大学受験にそんな強い想いがあったなんてことは知らなかったよ」


「恥ずかしかったさかい……。せやから、潔く今の大学に進学を決めた時は悲しかったし、虚しかったし、辛かった……、けどっ! そのおかげで、静夜君と出会えた。それで全部チャラやって思っとる」


 まばゆいばかりの笑顔が輝く。今日も簪に付いて彼女の髪を飾っている金色の鈴が涼やかな音を奏でて響かせた。


(……チャラ、か)


 栞にそう言ってもらえるのは嬉しい限りだが、たとえ彼女が東京の大学に通っていたとしても、いずれ月宮静夜とはどこかで出会っていたかもしれない。


 陰陽師の世界は狭い。

 栞のように強い霊感を持った人間が自ら陰陽師の世界に近付き、陰陽師協会の理事と関わるようになれば、やがては他の陰陽師とも繋がりを持つようになっただろう。

 そうすれば、もしかしたら静夜とも何かの縁で知り合い程度の関係にはなっていたかもしれない。


 とは言え、所詮はもしもの話。嬉しそうに笑う今の彼女に、そんなことを言うのは違う気がした。



「――……あなたたちって本当はやっぱり付き合ってるんじゃない?」

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