彼らの企業努力

 午前中は鮎川あゆかわをはじめとする人事部の社員から会社の概要や事業内容、歴史についての会社説明が行われ、昼は一つ下の階に降りて、会社が自慢する社員食堂で昼食を摂るように案内された。


 基本的に学生たちは全員初対面であるため、自然と昼食の時もグループで同じテーブルを囲むことになる。


 静夜たちGグループの中心となったのは、誰に対しても明るい笑顔を振りまく島崎しまざきと、誰に対してもいい意味で遠慮のない井藤いとうの二人だった。


「ねえねえ! 静夜と栞もあたしと同じ二年生なんだよね? タメがいるなんて思ってなかったからびっくりしたけど、今のうちから就活してるってことは、やっぱりこの会社が第一志望だったりするわけ?」


 出会ってすぐに下の名前で呼び捨てにしてくる距離の詰め方に若干戸惑いつつも、二人は数少ない同学年同士、気さくな感じで質問に答えた。


「う、ううん。ウチはただ面白そうやなって思ったからで、具体的なことはまだこれからって感じやろか……?」


「僕も同じです。そういう井藤さんはどうしてスノーフォックスなんですか? 服飾業界だったら、ニット製品に特化しているここよりももっと他にあったんじゃないですか?」


 学食のそれよりもいくらか美味しいカレーをすくいながら、静夜は井藤の方へ質問を返す。あまり自分たちに注目を集めたくなかった。


 井藤は、「あたしのことも下の名前でいいってば!」と笑いつつ、少し恥ずかしそうに話し始める。


「まあ確かに、服飾関係の会社なら他にもいっぱいあるし、好きなブランドだってたくさんあるけど、ここ最近は結構スノーフォックスにハマってるんだよね! あったかいのはもちろんだけどあたしはデザインとかがお気に入りでぇ! それにスノーフォックスぐらいしかないんだよね~、毎年いろんなデザイナーとコラボ商品出してるのって! ほら、ここってニットばかっりだからさッ? 新作のデザインとか広告とかには他よりも力入れてんの! だから、ここに来たらワンチャン、あたしの好きなデザイナーとかCMに出るタレントとかに会えたりしないかなぁって下心があってさッ! 勢いで試験受けたら通っちゃったんだよねぇ~」


「そういえば、毎年凝ったCM作ったり、変わったデザインのマフラーとか出したりしてるよな、ここって」


「それも企業努力の一環さ。スノーフォックスは先代の社長の雪ノ森冬樹がブランドを立ち上げて以降、〈フォックスマジック〉で作ったニット製品だけで勝負してきたからね。ニットだけでも顧客を離さず満足度を維持するためには、奇抜な企画や広告費にお金をかける必要があったんだよ」


 島崎の呟きを聞いて自慢げに話を広げたのは内田うちだだ。スノーフォックスへの入社に熱を燃やす彼はさらに饒舌になって続ける。


「でも、そんな小手先の戦術はもうすぐ終わる。雪ノ森冬樹が遺した〈フォックスマジック〉の研究が進んだ今となっては、ニット以外の商品開発にも手を広げられるはずだ。現社長の雪ノ森達樹の手腕があれば、この会社はもっと伸びていくはずさ」


 楽しそうに現在のスノーフォックスを高く評価する内田の話を聞き、静夜は敢えて息を潜めることにした。変に言い返しても面倒なだけなので、黙々とカレーを食べ進める。

 隣に座る栞も言葉を呑んで聞き流そうとしている。


「さて、それは果たしてどうかしら?」


 ここで静夜たちの代わりに異議を唱えたのは自己紹介の時から意見を対立させていた遠山とおやまだ。


「これからのスノーフォックスは〈フォックスマジック〉を適応させた新しい商品開発に力を入れようとしているみたいだけれど、20年かかっても上手く進まなかった研究が、今になって急速に進化するとは思えないのよね」


 内田やスノーフォックスが自信満々に語る将来の展望に対して、遠山は懐疑的な目を向ける。

 もちろん、これに内田は黙っていない。


「むしろ20年という歳月を費やしたからこそだろう? 長年の苦労と努力がようやく実を結んで、スノーフォックスは新たな商品開発の実現を目前にしているんだ」


「けれどさっきの人事部の人たちの説明では、新しく開発した技術がどんなものだとか、どうして〈フォックスマジック〉の研究が上手く進んだのかとか、そう言ったことは何も語られなかったわ。それどころか、社員の人たちですら、何も知らされていないような雰囲気さえ感じた。それって怪しくないかしら?」


「それはただの君の直感だろ? 根拠はどこにもない」


「あなたが妄信するスノーフォックスの今後の発展と成功も、主観的な憶測に過ぎないと思うわ」


 無言になって睨み合う二人。またしても挟まれた島崎は箸を持ったまま手を止めて、あとの三人もこの剣呑な空気に喉を詰まらせそうになる。

 そこで恐る恐る口を開いたのは、意外にも栞だった。


「……あ、あの、……遠山さんは、どうして〈フォックスマジック〉が科学で説明できない技術やって思いはったんですか? 何かきっかけとか、理由みたいなものってあるんですか?」


 あ、それは僕も気になっていた、と静夜も耳を傾ける。

 オカルト好きが興味を持ちそうな謎や不思議、都市伝説の中でも〈フォックスマジック〉に目をつけてインターンシップに参加するくらいなのだから、それなりの何かがあるのではないだろうか。


 遠山は正面に座る栞に向き直り、なんでもない様子で答えてくれた。


「大した根拠はないわよ? ただ、前々からうちのゼミの先生が気にしていたのよ。スノーフォックスが去年の冬にスキー場を作ったと聞いた時はかなりね。だから私も気になったの。教授が気にするってことは〈フォックスマジック〉にはやっぱり何かあるんじゃないかってね」


「……教授?」


「もしかしてそのゼミの先生って、火打石ひうちいし大和やまと教授?」


 静夜が首を傾げる横で、栞が突然前のめりになって遠山に詰め寄った。

 興奮気味に目を輝かせる様子は珍しい。


「……え、えぇ。そうだけど?」


 遠山が気圧されるままに頷くと、栞は、


「ああ! やっぱり!」


 とさらに興奮した声を上げて嬉しそうに表情を明るくさせた。


「実はウチ、火打石ひうちいし教授のゼミに入りたくて遠山さんの大学を受験してん! 一浪してもダメやったけど、まさかこんなところで現役のゼミ生の人に会えるやなんて思わんかった!」


「へ、へぇ……。そうなの……」


 静夜はそこで、そういえばと思い出す。

 以前、栞の自室にお見舞いに行った時、学習机の棚の端に置いてあった使い古された赤本は、確かに遠山が通っている大学のものだった。


 どうやらその教授が開くゼミに入りたい、という明確な動機と譲りたくない理由があったのだろうと理解する。喜ぶ栞の姿を見て、彼女が受験に懸けていた想いを今更のように悟った。


 それにして、栞がまさかあの火打石大和のゼミに入ろうとしていたなんて、驚きだ。


「どんなゼミなの? もしかしてオカルト系とか?」


 気になったのか、井藤が遠山に尋ねる。


「巷で噂される怪異譚や都市伝説、民話なんかに出て来る妖怪や怪奇現象について、古い文献や資料を紐解いて調査するゼミよ。昔話や言い伝えに出て来る化け物は実際に存在するのか、それともただの空想なのか。幽霊や死後の世界は本当にあるのか、昔の人はどう思っていたのか、今はどんなふうに伝わっているのか。現代に残る未解決事件に、そう言った不可解な何かが関与していないかどうか。そんなことを調べたり、学んだりしているの」


「ふん、本当にただのオカルト研究じゃないか」


「確かにそう言って馬鹿にする人は多いけれど、調べればたくさんあるのよ? 現代の科学でも説明の出来ない不思議って。〈フォックスマジック〉もその一つ」


「なるほどね……」


 遠山の話を聞いて、静夜は密かに納得する。

 仮にも日本有数の大学で教授を務める人間が開いているゼミだ。一口にオカルトと言って片付けられるほど、ふざけた研究ではない。

 そこで学んでいる学生なら、〈フォックスマジック〉に関心を持ったとしても不審なことはなかった。


 むしろ、火打石教授の教え子であれば安心すら覚える。


「ふーん。……どこにでもいるんだな。そういう、理解の及ばないものに変な妄想を当て込んで、証拠もないのに決め付けるような奴って」


 対抗する内田は、遠山のゼミの話を聞いてもなおまるで意見を変える様子はなく、それどころか他にもそういう人間に心当たりがあるようなことを言い出した。


「この前、京都の大学でやってた雪ノ森達樹たつき社長の講演会でも意味の分からないことを喚いていた痛いカップルがいたよ。俺のいるところからじゃ顔はよく見えなかったけど、あまりにも社長に失礼な態度をとって噛み付いていたから途中で追い出されたんだ。……君もそうならないといいね」


 内田の皮肉を聞いて、咄嗟に気配を消す静夜と栞。

 もしや、彼も静夜たちの大学で開かれた講演を聞きに来ていたのだろうか。だとしたら絶対にバレないようにしないといけない。その痛いカップルが目の前にいると分かったら、内田はさらにムキになって静夜を責め立ててきそうだ。


 社員や雪ノ森の関係者の目だけでなく、同じ学生たちの目にも注意しないといけない。随分と気を遣うインターンシップになりそうだと、静夜は改めて気を引き締めた。

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