面接試験

 エントリーシートによる一次審査は、舞桜まおの言っていた通り無事に通過することができ、気が付いた時には面接試験の日を迎えていた。


 場所は大阪市内のあるオフィスビルに入っているスノーフォックスの営業事務所。京都在住の静夜たちにはインターンシップを行う東京の本社ではなく、大阪での試験が案内されていた。


 そして、気になる面接の担当者は――、

 ――見覚えのあるパンツスーツ姿の女性社員だった。


「皆さん、こんにちは! 本日の面接試験を担当します、鮎川あゆかわです。京都や大阪の大学で就活生向けの講演会を開いた時には司会も務めていましたので、私のことを知ってくれている人も、もしかしたらいるかもしれませんね!」


 静夜せいやの面接試験は、この時点で終了した。結果は不採用だ。間違いない。


 さまざまな企業のオフィスが入っているビルの13階。

 汚れ一つないガラス窓から外を見渡すと、そこは大阪駅周辺の摩天楼まてんろうだった。

 お盆を目前に控えた真夏の暑さは、連日記録的な猛暑を観測し、昼下がりの今は熱さが最も厳しくなる時間。

 コンクリートの地面と建ち並ぶビルの鏡面が太陽の熱光線を乱反射させて、眼下の街はオーブントースターの中のように焼かれている。


 控室としてあてがわれた会議室は空調が効いているため快適だが、今からまたあの鉄板と化した道路を歩き、人混みに揉まれながら帰らなければならないことを思うと、うんざりするほど憂鬱な気分になった。


「……ちょっ、静夜君! 静夜君ってば!」


 隣に座っているしおりが小声で呼びかけて、静夜の意識を連れ戻す。


「諦めたらあかんって! 練習通り真面目にやったら、大丈夫かもしれへんやろ?」


「……まあ、一応こういうことも想定した上で受け答えの練習はやったけども……」


 正直なところ、手応えは全く掴んでいない静夜だった。


 しかもよりにもよって、面接の責任者があの講演会で司会をやっていた鮎川なんて、想定していた中でも最悪に近い状況と言える。


 さらに静夜から自信を奪う要因は、一緒に面接を受けることになった周りの学生たちにもあった。

 彼、彼女たちは、試験の説明をする鮎川を真剣な表情で真っ直ぐに見つめ、必要とあれば素早くメモを取って、熱意をアピールしている。


 中には、『自由な服装でお越しください』と案内のメールに書かれていたにも関わらず、わざわざ黒のリクルートスーツにネクタイまできちんと結んだ学生までいて、普段大学に行くときと変わらない格好をして来た静夜は、その服装の違いだけでもう負けた気分になっていた。

 周りにいる学生たち全てが、自分よりも優秀そうに見えて、対抗心など火が付く前に消し飛ばされていく。


「……こうなったら、あとで康介こうすけにもう一回ゴリ押ししてもらうように頼み込むしかないか……」


 静夜がため息交じりに呟くと、栞は複雑そうな苦笑いを浮かべて口を閉ざした。



 今回の面接試験は集団面接だ。

 学生たちを五人ずつのグループに分け、鮎川を含めた三人の面接官が審査を行う。


 グループ分けは既に済んでおり、名前を呼ばれた学生から順に別室へ移動して、まとめて面接を受ける流れとなる。

 残念ながら、静夜と栞は別々のグループになるらしく、栞だけが先に呼ばれて他の学生たちと一緒に控室から出て行った。

 面接を受けた後はそのまま帰ることになるので、彼女が控室に戻ることはない。


 試験が進むにつれて、控室に残る学生の数は徐々に減っていった。

 この大阪のオフィスで行われる面接試験は、昨日と今日の二日間にわたり、朝昼夕の三回に分けて実施されている。一回の面接に集まる学生の数は20人。つまり、大阪の会場だけで120人の学生が面接を受ける計算だ。

 インターンシップの定員は約50名。東京の本社でも同様の面接が行われていることや、既にエントリーシートでふるいに掛けられていることを踏まえると、このインターンシップの競争倍率はかなり高いということが分かる。


 今更ではあるが、このスノーフォックスという企業が、就職を目指す学生たちにとって如何に人気であるかを思い知った。


 気が付くと、控室には静夜を含めたその時間の最終組の五人だけが残されている。

 この会議室に通されてからすでに一時間以上が経過していた。


 ようやく緊張が抜けて来た頃合いをまるで見計らっていたかのように、月宮静夜の名前は最終組の五人の中でも最後になってからようやく呼ばれたのだった。



 オフィスビルを出て炎天下の摩天楼を少し歩くと、有名なコーヒーショップの看板が見えて来る。

 外からガラス張りの店内を覗くと、窓際のカウンター席に座っていた三葉栞が気付いて手を振ってくれた。


 店内に入ってアイスカフェラテを買い、静夜は隣の席に腰かける。ほろ苦くも甘く冷たいカフェラテが喉を潤して、緊張から解放された安堵に思わずため息をついた。


「で、どうやった? 静夜君」

「うん、ごめん、ダメだった」


 いきなり清々するほどのいさぎよい敗北宣言が飛び出して、質問した栞は絶句する。


「な、なんで? あんなに練習したやん! なんか変な質問されたとか? それとも、あの面接官の人が静夜君のこと気付きはったとか?」


「いや? 気付かれていたかどうかは分からないけど、講演会でのことを指摘されるようなことはなかったよ? 特に変な質問もなかったと思うし……。栞さんの方は?」


「ウチもたぶん普通やったよ? まず自己紹介と簡単な自己PRを順番に言ってから、面接官の人が個別にいろいろと質問して来はって、最後は『自分を動物に例えると何?』とか『物を買う時に気にするポイントは?』みたいな問題に挙手で答えて、それで終わりやった」


「……うん。だいたい僕の時と一緒だね」


「せやったら、何があかんかったん?」


 心配して前のめりになる栞を抑えて、静夜はつい先ほど終わったばかりの面接試験を振り返った。


 最初は本当に普通の面接だったと思う。静夜が面接を受けるのはこれが初めてなので他と比較することは出来ないが、それでも栞の言う通り、簡単な自己紹介と自己PRから始まった面接試験は普通から大きく外れるものではなかっただろう。


 何か特別なことがあったとすればそれは、静夜と同じグループになった学生がみんなすごかったことだ。


 参考書にも載っていないような唯一無二の自己PRを自信満々に言い放ったり、静夜では思いつかないような志望動機を述べて面接官を驚かせたり、そして何よりも強烈だったのが、きちんとスーツを着てネクタイまで結んでいた一人の男子学生だ。


「あ! あの人も静夜君と同じ組やったの?」


 こんな猛暑日に厚着という特徴的な服装をしていたため、栞も彼のことは覚えていたようだ。


「うん。そのスーツについても面接官から質問されてたよ? 『どうしてこんなにも暑い日にわざわざスーツで来たんですか?』って。そしたらその人、『憧れの御社に足を運ぶにあたり、失礼があってはいけないと考え、私なりに最も相応しいと思う服装を選んだ結果です』って真顔で即答してて、なんかもうすごかったよ」


 インパクトがすごすぎて、「すごい」以外の語彙が消失してしまうほどにすごかった。


「しかもその後は、『〈フォックスマジック〉の技術を応用すれば、夏でも着るだけで涼しくなる服が作れるのではないでしょうか?』とか言い出して、『冬を温かくしたから、今度は夏を涼しくするんだ』『夏にスーツを着ていても、むしろ快適に過ごせる社会を作るんだ』って目を輝かせてた……」


「そ、それは……確かになんかすごそうやね……」


 ついには栞の言葉からも「すごい」以外の語彙が消えてしまう。


「『悠久の宝玉』の力を使えば、それも確かに実現できなくはないだろうけど、アレは完全に〈フォックスマジック〉に夢を見ている人の目だったなぁ……」


 まるで狐の魔法に不可能はない、と信じ切っているかのような眼差しはやはり印象的で、それが現実的であろうとなかろうと、夢を語る若者というのは総じて輝いて見えるもの。

 事実、鮎川をはじめとした面接官たちは、彼の話を興味深そうに聞いていた。


 その一方で静夜はというと、他の学生たちと比べれば見劣りしてしまうような無難な受け答えしか出来ず、面接会場となった会議室の隅でどんどん縮こまっていく埃のような存在となっていた。

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