打ちひしがれる夏

「そ、そないに心配せんでも、普通に答えられたんやったら大丈夫やって! ウチらにはこう君って心強い味方もおるさかいに!」


「……僕も最初の方はそう思って、頑張って答えてたんだけどね、いかんせん狙われ過ぎた。誰かがいい答えを返す度に『月宮さんはどう思いますか?』って毎回のように振られるんだから、もううんざりだったよ。最後の方は『僕もそう思います』としか答えられなかったし、今振り返ってみると、あんまり褒められる態度でもなかったような気がするし……」


 周囲の人材が優秀すぎるが故に惨めになりすぎて、次第に答えが適当になっていった自覚がある。練習の成果を発揮できたとも思えない。

 つまり、全く自信が持てないのだ。


「これはやっぱり、今すぐにでも康介こうすけに電話してあの採用担当の鮎川あゆかわって人に口利きしてもらうしかないかな……?」


 おもむろにスマホを取り出すと、ちょうどそれを見計らったかのようなタイミングで件の康介から着信が入った。スピーカーにしてテーブルに置く。


『よう! 面接お疲れさん! なんとか乗り切ったみたいだな』


「いや、全然手応えないから、康介にもっと根回ししてもらおうと思ってたところだったんだけど……?」


 静夜が恥をしのんで言いかけると、電話口からはその憂鬱を吹き飛ばすような笑い声が聞こえてきた。


『その必要はねぇよ! 今、人事の鮎川さんから電話があって、今回だけですからねって許してもらったから』


「え? ホントに⁉︎」


『感謝しろよ? 普通なら即、不合格のところを、俺とのデートを交換条件に無茶してくれるんだから!』


「……普通なら不合格なんだ」


 そして静夜を合格にすることは人事の責任者でも無茶をするレベルのことらしい。

 自信はなかったが、そこまで言われるとさすがに凹む。


『あ、栞ちゃんの方は全然良かったってさ。あれなら俺が何かしなくても普通に合格にしてたってよッ!』


「ほ、ほんま⁉︎」


『ほんま、ほんま。やっぱり静夜とは大違いだよな。いろいろと』


「ごめんけど康介、今はその追い討ちがすごく余計だよ」


『あははは! 悪い悪い。……とりあえず二人とも、合格おめでとうってことで。本番のインターンは東京にあるスノーフォックスの本社ビルだから、ホテルとか交通手段とか、その辺のことも諸々手配しといてやるよ!』


「うん、頼む。ホントにいろいろと助かるよ」


『それよりも静夜は、このことをちゃんと妖花ようかちゃんに話したのか? それとも、このまま何も言わずに黙って行って帰ってくるつもりか?』


「ど、どうして今そのことを……?」


 安心していたところに妹の名前を出されて、静夜は苦い顔をする。


「静夜君、まだ妖花ちゃんに何も話してへんの?」


「……う、うん」


 正直、未だに悩んでいた。


 スノーフォックスの創設者である雪ノ森冬樹ふゆきと、〈フォックスマジック〉の根源となっている『悠久の宝玉』を遺した妖『果て無き夢幻むげんいざなう悠久の彼方かなた』の娘である月宮妖花に今回のことを伝えるべきか否か。


 本来であれば、インターンシップへの参加に応募する前に一言相談するべきだっただろう。

 あるいは静夜の大学に叔父の雪ノ森達樹たつきが来て講演会をすることが分かった時点で何か話をした方が良かったのかもしれない。


 ところが静夜は、義理の妹に何も告げないまま面接試験まで終えてしまった。

 もちろん話をするだけなら今からでも間に合う。事後報告にはなってしまうが、彼女がどうしてもスノーフォックスと関わらないで欲しいと望むなら、インターンシップへの参加を辞退することだって可能だ。


 しかし、これは妖花の義理の兄としてではなく、スノーフォックスの裏事情を知る数少ない人間として起こした行動だ。

 それを察すれば、妖花はきっと反対してこない。兄の気持ちや考えを尊重して、わがままを言わずに遠慮する返事が容易に想像できてしまう。


 妖花自身は、あまり自分からスノーフォックスと関わろうとしないし、むしろ関わり合いになるのを避けている。

 そんな中で、兄である静夜が勝手にスノーフォックスのインターンシップに参加すると言い出したら、複雑な心境になることは間違いない。それなのに、兄をおもんばかって何も言わずに黙り込む。

 それが分かっているからこそ、静夜はこの話を妹に切り出せずにいるのだ。


「……それに、僕が何も言わなくても、萌依めい萌枝もえが勝手に報告するんじゃないかな? ほら、あの二人っておしゃべりだし、僕には内緒で妖花とのやりとりもやっているみたいだから……」


「静夜君、……本人から直接話してもらうのと、誰かから告げ口みたいな形で教わるのとは全然意味合いが違うで? 妖花ちゃんにしてみれば、どうして事前に何も話してくれんかったんやろう? ってなるし、それが少なからず妖花ちゃんの為を思ってやったことでも、静夜君が何も言ってくれへんかったら妖花ちゃんは寂しくなると思うで?」


「……」


 言い訳じみたことを言って誤魔化そうとした静夜は、栞のもっともな反論を受けて抗う言葉を失った。


 お互いに強固な信頼関係があったとしても、何も話してもらえなかったという事実はしこりとなって不安や疑念をもたらす。

 それは、血の繋がらない兄妹である静夜と妖花にとって、あまり良いことであるとは言えなかった。


「……そう、だね。……インターンシップへの参加が正式に決まったら、一度、僕からちゃんと話をしてみるよ……」


 そして、面接試験から数日後。

 月宮静夜と三葉栞の元に試験の合格が通知され、インターンシップ参加の案内が届けられた。


 静夜はそこで初めて妖花に連絡し、ことの経緯とインターンシップに参加する旨を伝える。

 電話越しの声だけでは妹の気持ちを正確に読み取ることなど出来ないが、彼女はただ『……そうですか』と答え、いつもより覇気のない冷たい声で、

『もし何か分かりましたら、私にも教えてください』

 とだけ言って、ほとんど一方的に通話を終わらせてしまった。


 やはり、彼女に何の断りもなく勝手にスノーフォックスに関わったことが不味かったのだろうか。それとも何か別のことで思い悩んでいるのか。

 本当に血の繋がった兄妹であればもっとお互いのことが分かったのかもしれないと思うと悲しく、義理の兄としての不甲斐なさに忸怩じくじたる思いを抱く静夜だった。

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