面接試験の不安

 結局、静夜せいやのエントリーシートが完成したのは、締め切りの期日直前。日付が変わってしまう数分前の滑り込みとなってしまった。


「やっと終わったー!」


 送信ボタンをクリックして解放感を味わうように大きく伸びをする。もしかしたら間に合わないのではないかと本気で危機感を抱いたこともあって、達成感は素晴らしかった。大学の期末の試験以上に頑張った気がする。


「……なんだ、間に合ったのか? てっきり頭を抱えたまま時間切れになると思っていたんだが……」


 ちょうどお風呂から上がってきた居候の竜道院りんどういん舞桜まおは、まだ少し湿った髪にタオルを巻いて湯冷めのアイスクリームを楽しもうとしている。


「こら、アイスを食べるのは髪を乾かしてからにしなさい」


「別にいいだろ? 食べてからでも……」


 静夜が注意しても、舞桜は気にすることなくカップアイスの蓋を開け、ベッドに座ってスプーンを突き立てる。


「……食べるならせめてこっちにしてよ。今場所空けるから……」


 呆れつつ座椅子から立ち上がると、舞桜はすかさずそこに割り込んで、静夜のパソコンの画面を覗き込んだ。


「で? どんな志望動機をでっち上げたんだ?」


 送信が終わったWebページは、自分が書いたESを確認できる画面に移行しており、舞桜はマウスをスクロールしながらそれを読み始める。


 静夜はため息をつきながらドライヤーを取りに行って、少女の頭からタオルをひっぺがすと艶のある長い黒髪を乾かしてやることにした。

 あまり熱風を近付け過ぎないように気を付けて、指で優しく梳いていく。妹の髪も長かったので、昔はせがまれてよくやっていた。舞桜の場合は彼女がだらしなくて仕方なくやっているが、されるがままになっているあたり不快に思ってはいないらしい。


「……月並みだな。良くも悪くも普通の内容すぎて、印象が薄い」


「て、手厳しいね。これでも頭を捻って考えたんだけど……」


 高校一年生の少女からの辛口な評価に静夜は頬が引き攣った。

 具体的なダメ出しを覚悟して身構えると、舞桜は思いも寄らないことを口にする。


「しかし、思ったよりも馬鹿正直に書いたな。坂上に口利きを頼んでいるのだから、もっと適当でもよかっただろうに……」


「え?」


「……え?」


 髪を乾かす静夜の手が止まり、それに驚いた舞桜が振り返る。


「まさか、本気で受かろうと思って書いていたのか?」


「……うん、まあ……」


「だとしたらよくこれでいけると思ったな」


「別に自信があったわけじゃないって!」


 舞桜がさらに残念そうな目をして顔を戻したので、静夜はちょっとムキになって言い返した。


「……でもそっか。僕たちは出すだけでよかったのか……。すっかり忘れてたよ……」


「私もまさかお前たちがそこまで阿呆あほうだとは思わなかった。よくあんな会社に宛てた志望動機を嘘とはいえ400文字も書けたものだな」


「今更それを言わないでよ。それを考えるのが一番大変だったんだから……」


 先程まで時計を気にしながら必死でキーボードに指を走らせていた苦労はなんだったのか。静夜の身体に急に疲労感が押し寄せてきた。


「……じゃあ、次の面接はそこまで真剣にやらなくてもいいのかな……?」


「それはどうだろうな? ある程度は真面目にやらないと、坂上の根回しも意味をなさないかもしれないぞ?」


「さっきと言ってることが違ってない?」


 アイスを味わいながら舞桜は意地悪な笑みを浮かべてみせる。マウスを操作して、インターンシップの概要をまとめたページを開いた。


「いくらお前の友人にコネがあると言っても、書類審査と面接試験ではいろいろとわけが違うだろう? 書類審査はざっと目を通すだけで合格にできるし、一応はまともな文章が書けている」


「一応はまともって……」


「だが面接試験となると、直接対面して実際に口を利かなければならない。その時にお前があまりにも失礼な態度を取って面接官を激怒させてしまったら、坂上の頼みでも聞き入れてもらえないかもしれないぞ?」


「面接官を激怒させるなんて、よっぽどのことがない限り起こらないと思うけど……?」


「お前が先日のセミナーでやらかした話なら、あの双子の忍びから聞いて知っている」


「……」


 途端に何も言い返せなくなる静夜。彼にはすでに前科があった。


「もっと言うと、お前はその時に悪目立ちしているから、社長の雪ノ森達樹たつきにはもちろん、採用担当の人間にも顔を覚えられているんじゃないか? そいつが面接官に当たったら、さすがに不味いだろうな……」


「……そ、それはそう、かも……!」


 静夜の顔は次第に青ざめていく。

 まさかこんなところにも落とし穴が潜んでいるとは思わなかった。


「僕はいったいどうすれば……?」


「……坂上の力が強いことを祈るか、ホールの客席が暗かったせいでお前の顔がよく見えなかったという奇跡を信じるか、そのどちらかしかないだろうな……」


 少女は、哀れな子羊の命を見送るかのようにそう告げた。

 結局のところは運頼み。こうなったら、面接で悪い印象を与えないように頑張らなければならない。


 次の面接は気を抜けるかも、と希望を抱いたのは一瞬。静夜はその日の夜から早速、面接の対策に本気で取り組まなければならなくなってしまった。

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