白紙のエントリーシート
いい例として紹介されている自己PRの文章には、サークル活動での実績やアルバイトでの経験が、まるでドラマのあらすじのような物語となって綴られ、自身の長所や特技を雄弁に主張している。
「……えっと、なになに……、『私は、目標に向かって努力し、仲間の為に向上心をもって物事に取り組むことのできる人間です。私は大学でラグビー部に入りましたが、最初は身体が小さく、体力も足りていなかったので補欠のメンバーにすらなれませんでした。そこで私はチームのレギュラーになることを目標に定め、毎日の筋力トレーニングを欠かさず、食事の栄養バランスにも気を付けて肉体改造を行いました。練習では技術を磨き、二年生の時、遂にレギュラーを勝ち取ることが出来ました。さらに三年生の時にはチームのキャプテンとなり、大会では10個のトライを奪ってチームの準優勝に貢献しました』……。はへぇ……、すごいなぁ、この人。こんなにもすごい人やったら、どんな大企業の内定だって取れてしまうんとちゃう?」
「他の例文もだいたいそんな感じだったよ? バイト先のカフェで新メニューを開発するためにお客さんにアンケートを取って、それをもとに作った新メニューが店の売り上げで一番になったとか、吹奏楽団でバラバラだったみんなの心を一つにするために一人一人と根気強く話し合いを重ねて、最後にはコンクールで優勝しました、とか。そんなのばっかり。確かに書き方は参考になるけど、内容は一切参考にならないね」
しかもそれらすべての例文は、実際に内定を勝ち取った学生のリアルな自己PRであるというから恐ろしい。
大会で準優勝とか、コンクールで優勝とか、誰が見ても明らかにすごいと分かる実績を持っている学生を相手にどう戦えばいいのか。正直、勝てる気が全くしなかった。
むしろ、このような実績や経験がないと就職活動に参戦しても無意味なのではないかと思えてきて、未だ何も成し遂げていない自分を省みると惨めな気持ちになる。
「う〜……。ウチもここまでインパクトのある実例見せられたら何も書かれへん。やっぱりスポーツの大会とかサークルの活動とかでいい成績を収めなあかんのやろか?」
「大学生がみんな運動系のサークルに入っているわけじゃないし、大会で入賞できる人なんてほんの一握りなんだから、絶対にそういうわけじゃないって信じたいけど、他の解説本に載ってる例文もだいたい優勝しましたとか、一位になりましたとか、似たようなやつばっかりなんだよねぇ」
「……今からなんか始めて、間に合うやろか?」
「そもそも入るサークルを間違えたんじゃない?」
「そ、そんなことあらへんよ! あそこはあそこで楽しいし!」
「でも絶対に就職活動で有利になるようなサークルじゃないよね? オカルト研って」
「そ、それは……、そうかもしれへんけど……」
いつもなら「オカルト研やない!」と元気に言い返してくるところで、栞の声は次第に
静夜と栞が所属する民間伝承研究会なるサークルは、お世辞にも何かを得たり、頑張ったりすることを目的とした集団ではない。仮に面接試験で「サークル活動は何かやっていましたか?」と質問されても、実りのある答えを返すのは難しいだろう。
サークルを選ぶときは就活のことなど一切考えず、ただ楽しそうだから、面白そうだから、という理由だけで飛び込んでいくのに、就活になるとそれが逆に自らの首を絞めることにもなりかねない。だったら最初からそのことを教えてくれればいいものを、何だか落とし穴にでもはめられたような気分だ。
「やったら、サークル活動以外のことでってなるけど、ウチはバイトもしとらんし、実家のお店の手伝い言うても、たまに品出ししたり、店番したりってくらいで何も特別なことはしてへんし……」
「まともな社会経験のない僕からすれば、それでも十分立派だと思うけどな……」
「社会経験なんて言うたら静夜君の方がすごいやん! 陰陽師協会、京都支部の支部長さんやろ?」
「アレをまともと呼ぶにはあまりにも特殊すぎるよ。ブラックだし、ダークだし、ディープだし、就活で使えるようなものじゃない。世の中の理不尽と不条理を思い知りました、なんて言っても絶対に好印象にはならないよ……」
「ウチのやつだって言ってしまえば、家事のお手伝いと一緒やで? 静夜君は毎日家でお風呂掃除をしてました、とか、洗濯物を畳んでました、とかで自己PRできる?」
「……無理だね」
「せやろ?」
「「はぁあ……」」
揃ってため息をつく静夜と栞。
こうして悩んでいると、いかに自分たちが異質な身の上であるかを再認識させられる。
普通の大学生と同じように授業に出て、課題や試験に苦しんで、遊んで騒いで、残りわずかとなった青春を謳歌している。そんなつもりでいた。
けれど振り返ってみると、そこには普通とは程遠い事件や体験が混入していて、その他の思い出を全て塗りつぶしてしまっている。
静夜たちはどうしようもなく、普通とは異なる領域に身体の半分を突っ込んでいた。
「こんなんで次の面接、もっと言うといずれくるであろう本番の就職活動、大丈夫かなぁ?」
前途は多難。お先は真っ暗。エントリーシートは真っ白だった。
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