第2話 就職活動の苦難

エントリーシートの書き方

 新卒学生の就職採用試験の内容は、企業によって異なっている。

 エントリーシートを提出して、数回の面接を経て内定、というところもあれば、ペーパーテストやレポートの課題、あるいは実務試験を課すところもあるそうだ。


 さらに、どこの採用試験でも必ずと言っていいほど存在する面接試験には、集団面接、個人面接、グループディスカッションなど、さまざまなバリエーションがあり、それぞれに必要な対策が異なるとのこと。


 就職採用試験のことを少し調べた程度で頭が痛くなって来る。


 人の少ない真夏の図書館の一角に座り、積み上げた対策本の山を見て、月宮つきみや静夜せいやは重いため息をこぼした。


 坂上康介からの残念なお知らせが入った翌日。


 静夜は締め切りの迫ったES、もといエントリーシートを書き上げるべく、大学の図書館にまで足を運んでいた。


 数年前に改築されたばかりのきれいで新しい図書館は、夏の熱気と蝉の喧騒から隔絶されてはいるものの、冷房が効き過ぎていて、まるで冷蔵庫の中にいるかのように肌寒い。

 隣の席でノートパソコンを開いている三葉みつばしおりは、薄手のジャケットを羽織って体が冷えないようにしていた。


 今日の栞はパンツスタイル。薄いカーキ色の軽そうな生地は爽やかで、足元のヒールはいつもより高めで大人っぽい。ブルーライトカットの眼鏡と、簪で後ろ髪をすべてまとめ上げた髪型は知的で聡明な印象を与え、白いブラウスの上に今はジャケットも着ているので、学生ではなくむしろオフィスで働く社会人のように見えた。

 キーボードを打ち続ける姿に思わず見惚れてしまい、それを誤魔化すために、静夜は彼女の手が止まるのを待ってから声を掛ける。


「……どう? 栞さんは、なんか書けた?」


「う~ん、……なんとか志望動機のところは埋まった、かな?」


「え? すごい……」


 驚きつつパソコンの画面を覗き込むと、志望動機を書き込む枠内は指定された文字数ピッタリに収まっており、ざっと読んだ限り内容も素晴らしかった。

 それに比べて静夜のエントリーシートは真っ白のまま。正直、何を書けばいいのか言葉が浮かんで来なかった。


 今回のインターンシップの課題となっているESは、専用のWebページにパソコンで直接打ち込んで送信する形式で、問われているのは『志望動機』と『自己PR』が各400文字、『座右の銘とその理由』が200文字の計三問だ。


 どれも就職試験ではよく訊かれる質問であり、ただ普通に書いて埋めるだけではきっと合格しない。きちんと定められた文字数以内に収めた上で、分かりやすく、説得力があって、興味を引く文章に仕上げなければならない。

 大学の課題で出されるレポートを書くよりもずっと難しかった。


「……志望動機なんて考えても出てこないし、自己PRに至っては何を書けばいいのかすら分からないよ……」


 静夜は机に突っ伏して集めて来た参考書をパラパラと適当にめくり始めた。既に投げ槍だ。


「ウチも自己PRはどないしようかと思ってて……、自分の長所とか特技を書けばええんやろか?」


「長所や特技……? ……僕にはないな」


「あるやん! 静夜君にはお義父さんから教わった月宮流陰陽剣術とか、子どもの頃から修行を重ねた陰陽術とか、他の人にはない特技があるやん!」


「それって就職活動で使えるような特技じゃないよね?」


「……。せ、せやったら、長所は? 静夜君ってええとこめっちゃあるやん!」


「自分じゃ思いつかないんだけど……?」


「そんなことあらへんって! 静夜君は、真面目やし優しいし、いざという時に頼りになるし、いつも冷静で、自分に出来ることと出来へんことを常に見極めて行動しとって、それでも一番大事なことだけは絶対に諦めへん意志の強さがあって……。曲がったことや理不尽なことが嫌いで、いつも誠実で、一生懸命! ほら! 就活でも使えそうな長所がこんなにたくさんあるやん!」


 静夜の長所を指折り数えながら列挙して、夏の青空のような笑顔を見せられては、何も言い返せない。ただただ照れくさくて、静夜は無言のまま栞から目を逸らすだけだった。


「……そ、そんなこと言ったら栞さんだって、優しいし真面目だし、周りのことをよく見ているし、友達想いで、情に厚く、義理堅い。考えるよりも先に行動を起こすタイプで、怖いと思うことにでも自分から飛び込んで行く勇気と思い切りの良さがある。……なんて言うか、どんな会社に行っても重宝されそうな性質をいろいろと兼ね備えているよね……」


「せ、せやろか?」


「うん。そうだと思うよ?」


 今度は栞の方が照れて、静夜から顔を背ける番だった。

 嘘やお世辞は一つもない。静夜が言い連ねたのは紛れもなく、三葉栞に対する純粋な人間的評価だった。


「それに栞さんは、子どもの頃からまたに実家のお土産屋さんを手伝ってるんでしょう? その辺のことと合わせて書けば、いい感じに説得力のある自己PRが出来るんじゃないかな? ……ほら、この本にも『自己PRを書く時は、何か具体的なエピソードを添えた方がいい』って書いてあるし……」


 静夜は先程見つけた就活本の一項を開いて栞に差し出す。そこには実際の例文と共に面接やESで自己PRを語る際のコツがいくつか記されていた。

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