インターンシップ
「……」
「……何だよ、静夜、気になるのか?」
真面目な顔で黙り込んでしまう静夜を見て、康介はニヤリと笑った。
「べ、別にそういう訳じゃないけど……」
と、言い逃れをしようとして目を逸らした先には栞がいて、驚きと喜びを半分ずつ混ぜたような表情に捕まってしまう。
「……」
彼女からも無言で逃げれば、それは最早肯定したようなもの。
今日の講演会と、そこで聞いた雪ノ森達樹の話は、静夜の心にも強く印象に残っていた。
「だったら静夜さ! お前、この夏にあるスノーフォックスのインターンシップに参加してみねぇか?」
「え? インターン?」
「そ! 企業が就職に興味のある学生向けに開く職業体験みたいなやつだな!」
「それは知ってる」
インターンシップ。一日から数日間のプログラムで開催されるそのイベントは、大学でいうところのオープンキャンパスに似ているが、実は結構違うらしい。
会社の説明を受けるだけでなく、実際に仕事を体験したり、会議に参加したり、工場を見学したり。企業によってその内容はさまざまであり、場合によってはインターンシップでうまく自分を売り込むことが出来れば、就職活動の本番で有利になることがあるとか、ないとか。
「ここ数年は毎年恒例でやってんだけど、今年も八月のお盆明けぐらいに四日間ぐらいの日程でやるんだと。今日のセミナーでもお前らが出てった後で宣伝してたぞ?」
康介はそう言いながらダイニングの方に置いてあったタブレットを取って来て、スノーフォックスのホームページにアクセスすると、既に公開されているインターンシップの案内のページを開いて静夜に差し出して来る。
どうやらすでに受付は始まっていて、来週末が応募の締め切りとなっていた。
栞も興味があるのか、静夜の肩越しにタブレットの液晶画面を覗き込んでくる。
「え~っとなになに~? 定員は約50名。求める条件は、ESの提出と面接試験……、って、インターンシップなのにもう面接とかあるんや!」
「っていうかその前にESって何?」
静夜たち二回生は就職活動のことを何も知らない。
苦笑いを浮かべつつ、康介が親切に教えてくれた。
「ESってのはエントリーシートのことな。会社によってまちまちだけど、志望動機とか学生時代に頑張ったこととかを書いて自分をアピールするための提出書類だ」
「……履歴書みたいなもの?」
「まあ、ちょっと違うけど、似たようなもんだな」
「……じゃあそのESと面接に合格しないと、このインターンシップには参加できないってこと?」
「ま、そういうことだわな。受け入れられる学生の数には限りがあるし、企業だってボランティアじゃない。ちょっとでも優秀な学生に来てもらいたいんだよ」
「……ウチ、面接とか受かる自信ない」
「栞さんならなんとなく大丈夫そうな気がするけど……?」
とは言え試験があると聞かされれば当然不安になるのが学生だ。
就職活動の対策は今まで手を付けたことさえなく、自分がどれだけ頑張っても他の学生が優秀なら落ちる可能性は十分にある。
定員はたった50人。むしろ合格する可能性の方が低いように思えた。
「大丈夫だって! スノーフォックスの方には俺から根回ししとくからさ! インターンシップに学生を一人か二人ねじ込むくらい、この俺にかかれば朝飯前よ!」
ドーン、と胸を叩いて悪い顔をする同級生。
コネ入社と言われれば立派な不正だが、これはただのインターンシップ。それにスノーフォックスを相手に筋を通す義理などない。紛れ込む程度ならどうということもないだろう。
「……じゃあ、ここは素直に康介の提案に乗ろうかな。そっちの方が確実そうだし」
「オッケー、任せろ! 栞ちゃんはどうする? 一人も二人も変わんないし、どうしてもって言うなら静夜と一緒に手配するけど?」
「え? ええの⁉ せやったら、ウチも行きたい! ええやろ? 静夜君」
わざわざ許可を求めて来る栞は、その瞳の奥に確固たる意志を秘めていて、反対してもどうせ聞いてはくれないだろう。
「……うん、分かったよ。栞さんも気になるんだったら一緒に行こう」
何もかも諦めた様子で優しく頷いて見せると、栞は嬉しそうな笑顔を咲かせて「ありがとう!」と勢い余って静夜の手を力強く握りしめた。
そもそも今日の講演会に静夜を誘ったのは栞の方だ。さらに、質問するつもりのなかった静夜と違い、彼女は自ら手を挙げて発言し、雪ノ森達樹に喰って掛かった。
三葉栞の義憤と優しさを、無下にするのもどうかと思う。
こうして、月宮静夜と三葉栞の、スノーフォックス夏季インターンシップへの参加が決定した。
――ところが数日後。
坂上康介から届いたメッセージには、
『わりぃ、二人共! 根回しは問題なく出来たんだが、一応正規の手続きは踏んでほしいって言われてさ! ESの提出と面接試験には行くだけ行ってくれ! よろしく!』
と書かれており、静夜と栞は大慌てでエントリーシートの準備と面接の対策する羽目になってしまった。
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