立ち向かう花婿

 京天門きょうてんもんあおいが右手を払うと、キラリと光った何かが加速して弾丸のように飛来した。


「――〈堅塞虚塁けんさいこるい〉、急々如律令!」


 即座に展開した結界が攻撃を弾き、着弾と同時に起こった爆発から身を守る。


「まっ、そうなるわよね」


 煙が晴れると、葵はどこから取り出したのか、色鮮やかに輝く石を手でもてあそんでいた。


「……何だ、あれは? 宝石か?」


「いや、アレはただの石だよ。道端に落ちているような普通の石に祈祷を込めて輝石や宝石に変え、様々な能力を付与する錬金術の一種だ」


「知ってるんですか? 陸翔りくとさん」


「ああ。俺が紅庵寺こうあんじ流の蒼炎寺拳法を椿に教えたのと同じように、俺も椿から京天門一門の陰陽術をいくつか教わったからね」


 葵は、小さな宝石に自らの念を込めて空中に放り投げる。夜の闇の中で星のように淡く輝くそれらの石は、内に秘めた光と熱を急激に膨張させて急発進した。臨界点に到達した宝石の爆弾は、結界もろとも敵を討ち滅ぼさんと連続で撃ち込まれる。


 静夜は結界の強度を引き上げて攻撃が止むのを待った。


「京天門家は、現代のような医療技術が発達するよりもずっと前の時代から、加持祈禱やまじないによって人々の病や怪我を治して来た治癒術の家系だ。加持祈禱は陰陽術の中で言うと『呪術』に分類される。つまり、『人を呪って人を治す』。それが京天門一族の陰陽術なんだ。そんな彼らが束ねる京天門一門には、他にも様々な呪術を得意とする一族が多く集まっている。そして、葵ちゃんや椿の母方の家系、京天門絹江きぬえさんのご実家は元々、高度な錬金術を継承している一族なんだよ」


「れ、錬金術って、呪術なんですか?」


「『石を呪って宝石に変える』。まさしく呪術だよ。それに、人を治すための加持祈禱と同じで錬金術もまた『正の呪い』。人を恨んで呪い殺すような『負の呪い』とは全く違ったベクトルの念を込めるから、ただの石ころが光り輝く宝石や輝石になるんだ。だから京天門家との繋がりも深くて、母方の実家の技術が家名の違う孫たちにも教えられた。……中でも次女の葵ちゃんは姉弟の中でも一番才能があって、錬金術で作った宝石にさらに念を加えて今投げ込んでいるような武器や、運気を上げるお守りを作ることも出来るそうだよ」


「お、お守り……?」


 そういえば、葵が経営するバーでぼったくりの被害に遭いそうになった大学の後輩が、胡散臭いお守りが付いたアクセサリーを買わされそうになったと話していた。それが本当に彼女の自作だったとすれば、少なくとも効果は本物だった可能性も出て来る。提示された金額に見合っていたかどうかまでは分からないが。


「ふん、宝の持ち腐れだな」


 舞桜は折角の素質を無駄遣いしている葵に軽蔑の言葉を吐く。しかし、実際に攻撃を受け続けていると、彼女の才能というものを認めざるを得ない。

 想像以上に激しい砲撃を受けて、静夜の結界は少しずつ崩壊しかけていた。


 法力を前方に集中させて何とか爆発の衝撃を耐え凌ごうとすると、それを見計らったかのように、狡猾な敵は攻め方を変えて来る。


「そろそろいいかしら?」


 爆炎に包まれた結界をただ安直に正面から撃ち続けるだけだった宝石の軌道が変化する。それらは静夜たちを上下左右、全方位から取り囲み、絶望的な物量を誇って、結界に籠城する彼らを押し潰さんとしていた。


「さぁて、どこが一番脆いかしら?」


 葵の意地悪な笑みを目にして、静夜は敵の策略に嵌められたことを悟る。

 単調な攻撃で正面に意識を向けさせたのは、結界を維持する法力のムラを作らせるため。

 前面に集中させていた法力を均等に振り直そうとした時にはもう遅い。

 軌道を操られた宝石の砲弾が一斉に放たれると、結界は呆気なく破られ、中にいた静夜たちを爆炎と衝撃によって焼き滅ぼす。


「アハハハハ! 木っ端微塵よ! アハハハハ!」


 周囲に広がる火焔と熱風、大気を押しのける爆発の威力を肌で感じて、葵は勝利を確信し高笑いを抑えきれずに声を上げた。


「――何がそんなにおかしいのかな?」


 爆散したはずの人間の声が上空より降り注ぐ。

 ハッと我に返って見上げれば、車椅子から天高く跳び上がった紅庵寺陸翔が法力を拳に集めて技を構えていた。


「――蒼炎寺拳法、」


 静夜は〈蒼炎寺拳法〉のことを『念を飛ばして間合いの外の敵に打撃を与える武術』と説明していたが、それはイメージとして間違っていないだけに過ぎず、実際の〈蒼炎寺流気功武術〉とは異なる。


 一流の術師が繰り出す〈蒼炎寺拳法〉は、空間における距離を無視して、離れた位置にいる相手に時間差なく技を叩き込む妖術である。


「――〈空破穿穴くうはせんけつ〉!」


 陸翔の拳は時空の隔たりを跳び越えて敵を打ち貫く。

 女性を相手に手を挙げる蛮行に一瞬の躊躇と手心てごころを加えた打撃となるも、それは十分に葵を制圧できるだけの威力を誇っていた。

 しかし、


「――ダメよ。肝心なところで遠慮したら……」


 手応えの無さに陸翔の表情が歪む。振り抜いたはずの拳の衝撃は葵を捉える直前で防がれていた。まるで目には見えない不思議な力で術が防がれたかのよう。


「結界? でも、いつの間に……?」


「お義兄様も知ってるでしょう? 私はお守りを作るのが得意だって……」


 葵は服の内側に隠して首から提げいたペンダントを自慢げに掲げて見せた。トップには淡く輝く緑色の宝石があしらわれている。陸翔の攻撃を防いだのは、どうやらその石に込められた祈念の恩恵らしい。


「そして、空中に跳び上がったあなたに逃げ場はない!」


 葵の操る宝石の誘導弾が四方から陸翔を狙って差し向けられる。

 再びの爆裂。今度こそ仕留めたと葵は狂喜の笑み浮かべて汚い花火が散るのを待った。


「……君こそ知っているはずだ。そういう護石が作れるのは、君だけじゃないことを」


 爆発の煙の中、陸翔はすすの汚れの一つもなく健在で、葵のものとは違う紅の光を放つ宝石のペンダントに守られて空中に浮遊していた。

 動かないはずの両足に法力を回し、〈禹歩〉の要領で虚空に立っている。

 そのあり得ない光景を目の当たりにして、葵は目を細めた。


「……おかしいじゃない? あの先祖返りとかいうふざけた小学生に壊されたその足で、いつまでそうしているつもり? まさか姉貴がその足を治したなんて言わないわよねぇ? それに、私の攻撃を防げるくらい強力なお守りなんて、姉貴は作れなかったはずよ……ッ!」


「君が家にも帰らず遊び歩いて、放蕩娘を続けている間に、お姉さんは頑張って修行を重ねたんだ。……それに、この足は治っていない。一時的に強力な自己暗示を掛けて、無理矢理動かしているだけさ」


 身体を支える偽りの健脚を鼓舞するように叩いて、陸翔は苦悶の表情を浮かべる。


 京天門家に伝わる加持祈禱。その一つに失ったはずの神経や筋力を復活させるというものがある。

 健康だった時と同じように身体を動かせるようになる夢のような奇跡であるが、その実態は、強力な祈りの念によって一種の催眠状態を作り、脳と体を錯覚させて動かないはずの部位を強引に動かす、まやかしの術。ただの嘘なのだ。


「でも、椿からこの方法を教わったおかげで、俺はまだ自分を嫌いにならずにいられる」


 京天門椿が彼から紅庵寺流の技を教わって失った視力を補填しようとしていたように、紅庵寺陸翔もまた彼女から京天門の技術を使って、失った両足を取り戻そうとも足搔いていた。これが、その成果である。


「行くよ? 葵ちゃん。――蒼炎寺拳法、〈虚影掌握きょえいしょうあく〉!」

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