第1話 京都のロミオとジュリエット
悲劇のカップル
「……ここか」
『クラブ・ブルーサファイア』
入口の脇に出された立て看板は、ちかちかと光る青色のネオンで縁取られ、路地裏の暗闇の中で控え目にその存在を主張していた。
「……ここが、あの
「そうらしいね」
青年の隣に立つ
「闇市の結界の中に店を構えるなんて、あの男はいったい何を企んでいるんだ?」
「さあ? でも、元々このクラブを出店したのは、あの
「あの双子の忍びも一枚噛んでたんだろ?」
「ただの気まぐれだと思うよ? 話を聞いて、面白そうだと思ったから協力したって」
「なぜ友人のお前ではなく、出会ったばかりの双子を頼ったんだろうな?」
「忍者の方が適任だと思ったんじゃない? それか、単純にアイツが女好きだからとか?」
「……お前たちって本当は仲悪いのか?」
「康介って意外と秘密主義だから……」
「それは意外でも何でもないな……」
静夜と舞桜は、人除けの結界の中に入るための通行券である白い数珠を左腕に付けて地下へと続く店の階段を下りて行った。
「ようこそいらっしゃいませ。お待ちしてました、月宮先輩!」
きっちりとスーツを着込んで出迎えてくれたボーイを見て、静夜は目を見張る。
「
「はい、……坂上先輩にはいろいろとお世話になりまして、その恩返しの意味も込めて、こちらで働かせてもらってます!」
四月のはじめに事故物件の騒動で知り合った大学の後輩は少し見ない間にすっかりあか抜けて、こんなところでアルバイトを始めていた。
今は六月も終わりに差し掛かった頃。梅雨の時期を迎え、ようやく大学生活や独り暮らしにも慣れてきたといったところだろうか。
「――なーにが、オーナーへの恩返しッスか? ホントはただ好きな人と同じ職場で働きたいって下心満載の理由じゃないッスか~」
「――真面目に仕事するのはいいッスけど、カオちゃん先輩に指名が入る度にお客さん睨み付けたり、度々二人で目配せし合ったりするのは、やめた方がいいと思うッス」
「ちょッ! いきなり出て来て何言ってるんですか⁉ メイカさん、モエハさん!」
牧原
瓜二つの顔立ちと変な口癖、明らかに本名を文字っただけの安直な源氏名を聞いて、静夜は思わずため息をついた。
「はぁ……、そういう君たちはこんなところで何やってんの? 今日は呼んでないはずだけど?」
「何って、今日はたまたまシフトが入ってたってだけッス」
「決して、先輩について来た訳じゃないッスよ?」
悪戯を惚けるようにニシシと笑うのは、静夜の部下で《陰陽師協会》に所属する現代の忍者、
このお店と京天門葵を巡って坂上康介に協力した件については、以前に報告を受けている。事件の後も闇市に近いこの店なら情報収集がしやすいからと、こうしてバイトを続けているらしいが、今日が出勤日とは聞いていなかった。
大胆に胸元が開いたドレスを着て、ここぞとばかりに蠱惑的な谷間を見せつけて来る姉妹は、明らかに何やらコメントを期待している。
「……そんなに寄せて上げて谷間を作っても、僕には通用しないよ?」
「「……チッ」」
本気の舌打ちが聞こえた。
「無駄話はそれくらいにしろ。……それで、私たちに用があるという例の二人は、もう来ているのか?」
舞桜が鋭く睨んで話を戻す。
「あ、は、はい! もうお見えになってます。こちらへどうぞ」
大智は少女の目力に一瞬気圧されて、本来の役目を思い出した。
今夜、静夜たちをこのクラブに呼んだのはオーナーの康介ではなく、アルバイトでボーイをやっている牧原大智の方だ。といっても、彼はただの顔つなぎ役。
大智を通じて静夜に連絡を取って来たのは、意外な人物だった。
「――
店の奥のテーブルに座った一組のカップルに向けて大智がお辞儀をする。
女性の方は目を閉じたままゆっくりと立ち上がり、男性の方は車椅子に腰かけたまま会釈した。
椿と呼ばれた女性が深々と頭を下げて口を開く。
「……初めまして。《陰陽師協会》京都支部の代表、月宮静夜様。今日は私たちの勝手なお願いに答えてくれて、ありがとう。……京天門家長女の京天門椿です。そして、こちらが私の婚約者の、――」
「――
陸翔と名乗った車椅子の男性は、爽やかな笑みを浮かべて握手を求める。
静夜は戸惑いつつも握手を返し、思ったよりも友好的な態度であることに胸を撫で下ろした。
「……こちらこそ、お会いできて光栄です」
京天門椿と紅庵寺陸翔。
二人は、今からおよそ二年前に
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