斎間夏帆の現実①
「……で? 三日も大学サボって何やってたんだよ、
木曜日。二日ぶりに大学に来た俺はまばらに空いた学食のテーブルの上に突っ伏し、力尽きていた。
混雑のピークが過ぎた午後1時過ぎ。今頃多くの学生は三限目の講義に出席しているころだ。
この時間が空きコマになっている俺は、同じサークルの山本(この前のコンパで俺がトイレに置き去りにしたアイツ)と一緒に遅めの昼食を取っていた。
「別に……? 特に何もしてねぇよ。ただ大学来る気になれなかっただけ……」
「何だよ早くも五月病か? もうすぐ連休なんだから頑張れよ~」
いいよなぁ、お前はお気楽そうで。そこまで美味しくもない学食のカレーをそんなにも美味しそうに食べる学生はお前くらいだよ……。
と、そんな嫌味を心の中でぼやいている俺は、さっきから全然食が進んでいなかった。
考え事ばかりで食欲もあまりない。
先輩は、今日もこの時間からバイトなのかな……?
昨日までの三日間、先輩のことを追いかけ続けて分かったことは、彼女が複数のバイトを掛け持ちしていて、大学の講義には出席せずに朝から夜まで働き続けているということだった。
早朝からスーパーで開店前の荷受けと品出しの仕事をして、昼から夕方までは例のファストフード店で働き、さらに夜は居酒屋でホールスタッフをやっていた。
尾行して突き止めた先輩の自宅は、
そこを朝の6時に出発して、帰って来るのは夜中の0時近く。
俺は尾行の二日目から自宅前で張り込んでいたので、ちょっと寝不足気味だ。
こんな生活を本当に毎日続けているのだとすれば、それはめちゃくちゃ大変だ。俺なら絶対に身体が持たない。
今日は絶対に出席しないと不味い必須科目の講義があったので先輩の尾行と監視はお休みだが、結局今のところ
逆に、あまり知らない方がよかったことを知ってしまったような気がする……。
「あんなに一生懸命バイトをしてるってことは、そんなにお金が必要な事情が何かあるのかもな……」
「……ん? バイトがどうかしたって?」
「え? ……い、いや! 何でもない」
いつの間に考えが口から洩れていたようだ。
「……そう言えばお前さ、この前の金曜日、どうだったんだよ……」
「は? 金曜日?」
山本はいきなりニタニタと気色悪い笑みを浮かべ前のめりになって来た。
「とぼけようたってそうはいかねぇぞ? お前、あの後二次会には行かずに斎間先輩と二人きりで別の店に飲みに行ったんだろ? 俺はちゃんと知ってんだからな!」
「あーなんだ、その話か……」
「あーなんだってなんだよ! てめぇこの野郎、俺を置いてけぼりにしやがって! 地図を頼りに二次会に行ったらお前も斎間先輩も、あと一緒のテーブルだった双子も居なくて、俺は二次会でずっとぼっちだったんだぞ!」
それは可哀想に。俺も、お前をほっぽって先輩について行ったから多少は申し訳ないと思うけど、あの日は本当にいろいろなことがあり過ぎて、もう「二人だけで飲みに行かない?」と誘われた時のドキドキすら忘れてしまった。
「で、どうだったんだ? ちゃんとお持ち帰りはしたのか?」
「し、してないよ……。それどころじゃなかったし……」
「はぁ? なんだよ、度胸ねぇな! じゃあ、連絡先の交換とか、次に会う約束とかはしたのかよ?」
「えっと、いや……、実はそれも……」
「はぁああ? マジで? あり得ねぇ! もしかして本当に何もなくて、二人で飲んでそのまま解散した、とかじゃないよな?」
「……べ、別に、何もなかったわけじゃないけど……」
「……あー分かった。なるほどな。お前、なんかやらかしたんだろ? それで先輩に振られて、ショックのあまり大学を三日も休んだ。そういうことだな」
「は? なんでそうなるんだよ?」
「だってそうとしか考えられねぇだろ? もしかしたら彼女が出来るかも! もしかしたら童貞を卒業できるかも! そんな人生最大のビックチャンスを逃したんだからなぁ……。どうせ舞い上がってがっついてなんか気持ち悪いことでも言ったんだろ? チェリーボーイなら誰もが通る失敗さ」
「ちょっと待て、どうして俺が童貞だって分かるんだよ」
「え? なんとなく見た目というか、雰囲気的に?」
「……そんなに童貞オーラ出てる?」
「……うん、ばっちり!」
何が、ばっちり! だよ! そういうお前は経験あんのか⁉ 一次会で酔いつぶれてトイレに駆け込むようなコンパ初心者が! 次に飲み会があった時はトイレの個室に閉じ込めた上で放置してやろうか?
……まあ、俺が未経験者なのは事実だけど、でも、ソレが目的で恋人を作るっていうのはちょっとおかしいだろ? そんなのは相手に不誠実だし、恋人って言うのはもっとこう、お互いに純粋というか、
「……牧原、お前そのままだと一生彼女なんて出来ねぇぞ?」
「……山本、お前は今、俺の何を察してそう思ったんだ?」
よし、こうなったら、今度女性とお近付きになれるコツを坂上先輩あたりにでも訊いてみよう。
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