牧原大智の受難②

「……牧原君、やっけ? 唐揚げ、好きなの?」


「え? まあ、そうですね、大好物です」


「へぇ、お金持ちなのに食の好みは庶民的なんだ……」


「お、お金持ちって、僕は普通の家のただの大学生ですよ?」


「でも、広いお部屋に住んでるって噂は本当なんやろ?」


「それは、まあ……、はい」


 嘘ではないとはいえ、深く突っ込まれてしまうと答えに窮してしまう。

 先述した通り、俺は下宿の部屋に幽霊が出てからしばらくの間、陰陽師の名門のお屋敷に身柄を保護されていた。住み込みの使用人が何人もいる本物のお金持ちの豪邸だ。客人としてもてなされた俺は、身の回りの世話はもちろん、大学への送迎まで面倒を見て貰って夢のような生活を謳歌していた。

 その時の、黒塗りの高級車に乗って大学に通う俺の姿が変な誤解を生み、どこかの大企業の御曹司が入学した、とあらぬ噂話が誕生してしまったらしいのだ。


 大学で知り合った近しい友人やクラスメイトには、勘違いだと訴えて釈明しているのだが、独り暮らしをしている部屋が広すぎるということもあってなかなか信じて貰えず、最近では無理に否定するよりも話を合わせた方が楽だという結論に至りつつある。


「出身は? 東京? それとも大阪?」


「俺って、そんな都会っ子に見えますか?」


「……だって、大企業がたくさんあるところっていったら、その辺かなぁって」


「ああ、そういう理由でですか。……全然違います。俺は北海道から来ました」


「北海道! いいなぁ、私もいつか旅行とかで行ってみたい! それに知っとるよ? 北海道にも有名な企業はたくさんあるんやろ?」


「え、ええ。……でも、それを言ったらこの京都だって全然負けていないと思いますけど……?」


 マリオで有名なあのゲーム会社やこってりラーメンが人気の有名チェーン店だって京都の街に本社がある。


「いやいやそんなことないって! 千年の都とか言われとるけど、そんなん大昔の話やし……」


 謙遜しているようで、『千年の都』とか言い出すあたり、やはり京都の人はそういう自負と言うかプライドのようなものがあるのだろうか……?


「そういう斎間さいま先輩は、京都の出身なんですか?」


「せやでぇ? ウチの家系は代々洛中らくちゅうの生まれなんやってぇ」


 少しだけ京都弁の訛りを強調させておどけて見せる先輩。やっぱり、と俺は納得した。


 洛中とは、かつて平安時代に平安京の中だった地域のことであり、都の外に広がって出来た街のことは洛外らくがいと呼ばれるらしい。

 聞いたところによると、洛中の人は特にそこで生まれたことを内心で誇りに思っているとか、いないとか。何かのテレビ番組で見たことがある。


 そんな洛中に先祖代々で住んでいるということは、もしかしたら先輩の方こそ、京都の名家のお嬢さんなのかもしれない。


 斎間先輩。下の名前は確か夏帆かほ、だったはずだ。

 可愛いというよりかは美人と評する方が相応しく、コンパの雰囲気に合わせた少し濃いめのメイクと初対面の相手とも楽しく会話を繰り広げるコミュ力の高さから、何だか大人な印象を受ける。

 このようなお酒の席にまだ慣れていない俺からすれば、彼女の落ち着きや余裕はそれだけで『先輩』だった。


「牧原君は、なんで映研えいけんに入ったの?」


 先輩はテーブルに少し身を乗り出して俺の方に顔を寄せて来る。少し前かがみになった拍子に広く開いた服の胸元から谷間がちらりと見えそうになって、俺は逃げるように顔を背けた。


「お、俺は、ただ普通に、映画が好きで……」


「それって撮る方? それとも観る方?」


「両方、ですかね? 高校の時は写真部でビデオを回してましたし、映画は月に一本は観に行ってました」


「……写真部でビデオ?」


「うちの高校の写真部は、半分は映画部みたいな感じで、静止画でも動画でもどっちでも良かったんです」


 俺が先月まで通っていた高校は規則が緩くて、特に部活動は生徒の自主性を重んじる、というか、とにかく自由に好き勝手にいろいろやれたのだ。広い意味ではどちらもカメラなのだから、一眼レフがビデオカメラに変わっていたところで不思議はないし、今の時代ならスマホ一台でどっちも撮れる。


「先輩は映画とか観るんですか?」


「う〜ん、最近はあんまり観ないかなぁ……? 今はほら、昔の映画とかがいろんな配信サービスですぐに観れたりするやん? そういうのだったらよく観るかも」


「ああ、それはそうかもですね。俺もいくつか取ってますけど、最近の作品も結構多くていいですよね!」


 いつの間にか俺と先輩は、好きな映画やおすすめの海外ドラマの話で盛り上がり、気が付けばすっかり、この人が俺の唐揚げにレモンを噴きかけたことなど忘れてしまっていた。


「お? どうしたんスか? なんか二人だけで楽しそうにしちゃって……!」


「こら萌枝もえ! せっかくいい雰囲気なんだから邪魔しないの」


 と、先輩の隣にいた双子から揶揄われてしまうくらいには会話に夢中になっていたみたいで、先輩が「全然そんなんじゃないから!」と笑って誤魔化す対面で、俺は自分の顔が赤くなっていくのを自覚して、急いで手近にあったコークハイボールを口にした。

 飲み慣れたコーラの甘さと炭酸の刺激。その中に溶け込んだほろ苦いウィスキーの風味が、俺が人生で初めて味わうお酒の味だった。

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