急造タッグ

 餓鬼がき

 常に飢えと渇きに苦しむ小さな鬼のあやかし。生前に悪行を重ねた人間の成れの果てとも言われ、その姿は酷く痩せ細った骨と皮だけの四肢に腹が不自然にぷっくりと膨らんでいる、哀れでみすぼらしいものだ。


 それが数にして40体ほど。小学生のひとクラス分にもなる群れが、八坂神社やさかじんじゃの境内にたむろしていた。


 平時なら取るに足らない弱い妖でも、今は一体一体が土地のパワーバランスの乱れによる活性化の影響を受けており、妖の気配は他にも数種類が確認できる。


『――だから、こっちは思ったよりも時間がかかる。……で、そっちは?』


 静夜がスマホの向こう側から声を張り上げて訊いて来る。

 うしろでは小規模な爆発音や餓鬼の息絶える呻き声などが混ざっており、戦闘は既に始まっていることが窺えた。その上で言っているのであれば、やはりこちらに手を回してもらうのは難しいだろう。


『……舞桜? 聞いてる?』


「ああ。……いる。目の前に一体だけ。……背丈が3mは超えていそうな二本角の大きな鬼が、自分の背丈と同じくらいの金棒を引きずって、ゆっくりとこっちに歩いてくる」


 その圧倒的な迫力に少々気圧されながら、舞桜は現在の状況を説明した。


 円山公園まるやまこうえんを抜けて、知恩院ちおんいんの立派な三門さんもんを潜り、男坂の長い石階段を駆け上がってすぐ。その大鬼は泰然自若とした歩みでゆっくりと鬼門の方角を背にして進行して来ていた。


 五年ほど前に兄の竜道院りんどういん星明せいめいが倒したと言う酒呑童子しゅてんどうじほどではないにしろ、大きく成長した本物の鬼が放つ独特の威圧感は他の妖とは明らかに異質で別格だ。


 立ち塞がるものを悉く握り潰さんとするような闘志と鬼気、それを可能にしてしまえそうな巨腕と金棒。

 あんなもので殴られたら、静夜の結界などは叩き割られて当然。むしろ数発分も耐えて結界をしばらく維持していた彼の踏ん張りに拍手を送るところだろう。

 それほどまでに、目の前の大鬼は破壊の権化と呼ぶに相応しい手合いだった。


「……静夜、そっちは何分で片付く?」


 一応、ダメ元で訊いてみる。


『早くて三分。移動も含めると五分くらいかな』


「遅いな。踏み潰されるだけなら一瞬だ」


 かと言って、八坂神社の妖を放置してしまえば、背後を餓鬼の群れに挟まれて退路を失い、勝兵しょうへいが危惧した通りの展開に陥ってしまう。


『なるべく早くそっちに行くようにするから、……だから!』


「だから無茶はするな、か?」


『ッ! ……』


 彼の言い出しそうなことを先読みする。


「残念だが、それが許される相手ではなさそうだ」


 ――プツ、プー、プー……。


 言葉が返ってくる前に、舞桜は言うだけ言って通話を切断した。


「……どうだって?」


 隣に立つ水野勝兵が問いかけてくる。鞘に収めた刀の柄に手を置いて、いつでも引き抜けるように腰を落としていた。


「無理そうだ。やはり私たちだけでやるしかない」


 静夜にも言った通り、やられる時は一瞬。耐えても五分は持たないだろう。

 二人の精神力、集中力、そして舞桜の憑霊術が切れる前に決着させなければ、勝機はなくなる。

 方針は決まった。


 勝兵が下半身に力を溜めて、法力を高めたところで一気に力を解放する。


「……こういう時は先手必勝、一撃必殺!」


 言い放つと同時に風が吹き抜けた。

 彼は一瞬で鬼へと肉薄し、赤くただれた皮膚に覆われた丸太のような首を骨ごと斬り落とさんと刀を引き抜く。


「――五行より「すい」の力を我に貸し与え給え。〈波紋はもんしずくうつし〉、急々如律令!」


 人の眼には追えない一閃。流水の如く淀みのない一太刀が鬼の首を堕として鞘に戻る――はずだった。


 ――カコーン、という音が響いて刀が止まる。大鬼が防御したのではない。首に刃が通らないのだ。


 異様に発達した筋肉の為か、薄い鬼気の膜でも張っているのか、何にせよとにかく堅い。五行の力をもってしても切り傷一つつけられないほどに、鬼の体は屈強だった。


 空中で停止した勝兵を狙って、大鬼は巨大な金棒を振り上げる。


「――〈鉄鎖呪縛符てっさじゅばくふ〉、急々如律令!」


 舞桜は勝兵を援護すべく、素早く呪符を投げた。左手に張り付いた札は鋼鉄の鎖を吐き出して巻き付き、大鬼の動きを封じる。

 この隙に勝兵は鬼の胸元を蹴って離脱。入れ替わるように舞桜が突進を仕掛けた。


 大鬼の動きはそこまで速くない。身体が頑丈である分、機動力には乏しいのだろう。

 よって、ここで求められるものは高い殺傷能力。あの堅い皮膚と鎧のような筋肉を突き破って中の臓器をも貫ける高火力だ。

 舞桜は目的に適した得物を呪符から取り出した。


 接近する舞桜に気付いた鬼は、鎖を引き剥がすのを止めて、手放していた金棒を拾い上げ、右手一本でそれを高々と振り上げた。舞桜は左右に折れながら走って的を絞らせない。

 鬼はそれを目でよく追って狙いをつけ、足元を走り回るうるさい虫を叩き潰すように、右手の凶器を振り下ろした。

 舞桜は勢いそのままに大鬼の足下に滑り込み、金棒の攻撃を躱すと同時に鬼の股下をくぐり抜ける。

 そのすれ違いざま、舞桜は鬼の顔面に向かって、真下からその銃口を突き付けた。


 元折れ式上下二連散弾銃。


 こういう時の為にと、静夜が舞桜に持たせた秘中の現代兵器。ショットガンだ。


 ――バコン、バコン!


 二発の銃声が連続する。

 散開発射されたスラッグ弾の直撃を受けて、鬼の顔は突き上げられたように上を向き、天を仰いだ。

 最初の一発は顔を、続く二発目は下から胸を抉って心臓に命中した。


 制動し、敵の様子を確認する舞桜。

 弾には渾身の法力と妖力を込めた。普通の陰陽師が普通に撃つよりも何倍も威力は高いはず。


 大鬼は数秒間、直立不動のまま夜空を見上げたあと、凄まじい迫力の咆哮を腹の底から轟かせた。

 身に纏う鬼気をさらに強く、額から伸びる双角さらに長く、太く変化させていく。


 不味い。怒らせてしまった。

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