押し寄せる妖
やはり、この京都支部は、強い。
全員がそれぞれの力量と役割を自覚し、全体の戦況を把握し、的確な判断を下し、臨機応変な対応で作戦を進行することが出来ている。
急造のチームとは言え、最低限の連携も取れている。
そして何より、陰陽師一人一人に、これまでに培ってきた胆力がある。
過去の経験と
常にギリギリのところではあるが、なんとか妖たちの猛攻を凌ぎ切ることが出来た。
竜道院家の儀式が進めば、やがて妖の活性化も収まるだろう。
それまで、このまま耐え切ることが出来れば、――生き残れる。
静夜たちはこの京都支部としての初陣を勝利で飾ることが出来るのだ。
見えて来た希望に表情が緩みかけた、その瞬間、
――バサッ。
何の前触れもなく、静夜は倒れた。
「せ、先輩⁉」
異変に気付いた
意識はなんとか保っていた。
「……け、結界が、持たない……ッ!」
苦しそうな声で弱音を吐く。
破られそうになっているのは、担当地域の外周近く。妖たちが不可視の壁に行く手を阻まれ、
そこを無理矢理、力づくで道をこじ開けようと、何者かが渾身の打撃を連続で叩き込んで来ているのだ。しかも、その一発ごとに込められる威力が凄まじい。咄嗟の踏ん張りが無ければ、最初の一撃だけで結界は
「うッ! ぐぐ……」
とはいえ、いつまでも堪えられるような易しい攻撃ではない。
「静夜! お前まさか、結界の制御を手放していないのか⁉」
萌枝の腕の中でもがく彼を見て、舞桜が結界の仕組みに気付く。
術者が防御等の目的で結界を展開させる際、通常は耐久値や強度をあらかじめ設定しておき、数値以上の衝撃が加わった場合は、多少の踏ん張りが利いてもすぐに破られてしまう、いわゆる作りっぱなしの結界を構築するのだ。
しかし、静夜が迷宮を作るために広域に展開させた今回の結界は、舞桜の気配に引き寄せられた妖の歩みを少しでも遅らせるために、頑丈な壁で複雑な迷路に仕上げる必要があった。結界としての規模も大きいため、壊れる度に作り直すよりも一度作った物を壊されないように維持した方が効率的である。
そこで静夜は、結界の状態を常に自身へフィードバックさせて、損耗が起こったら即座に修復、補強が施せるように常時法力を供給し、結界を制御していたのだ。
よって、妖が無理に結界を破ろうとすれば、その衝撃は静夜自身にも反映される。
静夜は戦闘が始まるよりも前から、頭を鈍器で殴られるような激痛に断続的に見舞われていたのだ。
既に何度か意識を持っていかれそうになりつつも、なんとかここまで踏ん張り、戦線と結界の維持していたのだが、突然現れた強大な妖によって静夜渾身の広域結界が今にも粉砕されようとしている。
このままではたとえ結界がもったとしても、術者である静夜の精神が崩壊しかねない。
「すぐに結界を解け、支部長! さもないとお前が一番に死ぬぞ!」
勝兵も叫んだ。術者が死ねば当然結界も壊れる。戦力が一人減った状態で敵を迎え撃つ展開だけは避けなければならなかった。
最後に残った思考と静夜自身の生存本能が、ほとんど無意識に結界の制御を放棄させる。
途端、頭に轟く激痛がいくらか楽になって、静夜の表情から険しさが和らいだ。
直後の一撃が、結界を木っ端微塵に砕き割る。
反対に妖たちも、『妖に愛された呪いの子』の居場所をはっきりと掴む。こちらに向かって来る異形たちの視線が一箇所に集中した。
「一気に来る! 全員構えろ!」
自身が見られていることを感じ取り、舞桜の背筋には悪寒が走る。
「結界を破った妖は北!
未だ頭に残る鈍痛を堪えながら、静夜は膝を踏ん張って立ち上がり、壊れる直前の結界の損傷から敵の位置を割り出して報告する。
舞桜が北の方を、萌依と萌枝が八坂神社の方を警戒するのを見て取って、勝兵はそれを制した。
「いや、ここからは二手に分かれよう。ここで待っていたら周囲を囲まれる」
「でも、戦力の分散は――」
「こうなった以上はやむを得ない。後手に回ると他からも妖が集まって来て袋叩きにされるぞ! 先手を打つべきだ」
反論の余地もない的確な意見だ。
「……分かりました。僕と
「……」
「……どうしましたか?」
「いや、採用されると思わなかったから……」
意外そうな顔をしている勝兵を見て、静夜は不服そうな顔になる。
「その意見が正しいと判断すれば、当然採用します。馬鹿な意地を張って部下の進言に難癖つけるなんて、そんな上司は最低です」
あくまで自分がされて嫌なことをしなかっただけだ。他意はない。
だがそれを聞いた勝兵は、ふっと笑みをこぼして、「俺も同意見だ」と呟いた。
「水野さん、舞桜のこと、よろしくお願いします」
支部長にそう言われて、勝兵は初めてツーマンセルを組む少女の姿を改めて認める。
桜色に染まった髪。夜の闇に妖しく光る朱色の瞳。
噂に聞く
「……何か?」
不躾な視線に気付いて、舞桜が勝兵を睨み返す。
その挑戦的な態度が、何故か微笑ましく思えた。
「……足を引っ張るなよ?」
「それは私の台詞だ」
数秒間無言で睨み合った後、二人は揃って駆け出し、知恩院へと走って行った。
「……先輩、いいんスか? 二人だけに任せて……」
萌枝が闇に消え行く二つの背中を心配そうな目で追っている。
静夜の様子から察するに、結界を破った妖はかなりの強さだ。いくら五行の「水」と憑霊術の使い手であっても苦戦を強いられるだろう。
「しょうがなくない? 先輩はこの様だし、あたしたちはそもそも陰陽師じゃないしッ」
忍びという立場を弁えて、萌依は妹を諭す。
静夜は地面に転がったAK-47を拾い上げて異常がないことを確認した。
「萌依の言う通り、あっちは二人に任せよう。足止めさえしてくれれば十分だし、負ける前に僕たちが間に合えばたぶんなんとかなる」
「つまり、あたしたちのスピード次第ってわけッスか?」
「むしろ僕たちの方がやられないかどうか心配だよ」
「先輩、行けそ?」
「うん、大丈夫」
アサルトライフルをしっかり持ち直して、静夜は頷く。
結界が消えると、周囲の音がよく聞こえるようになっていた。
各地で続いている激戦の怒号は、月明かりの眩しい夜空に反響して、京都の街中に轟き渡っていた。
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