第12話 災禍の夜
謝罪
「……それにしても、この辺一帯を京都支部の五人だけで守れなんて、《平安会》も無茶なことを言う……」
京都市
普段は夜桜見物で賑わっているだろう公園も、人払いを済ませた今は貸切状態。大理石でできたベンチに腰を下ろしていた静夜は、満月の下に佇む満開の枝垂れ桜と、それをすぐ隣から見上げている少女の横顔を物憂げな表情で眺めていた。
「……《平安会》は、私たちが四人のつもりでここの守りを押し付けた。私たちが
舞桜は《平安会》の心理を読み取って怒りを露わにする。それを聞いた静夜からは冷め切ったため息が溢れた。
「……この配置が本当に、ただの嫌がらせで済めばいいんだけどね……」
最悪の場合は死人が出る。そうなってからでは、最早冗談では済まされない。
昨夜の通夜とつい先刻終わったばかりの葬儀の光景を思い出して、静夜は背筋が震えた。
《平安会》がどこまでの事態を想定しているのか知らないが、一度乱れてしまった土地の秩序を取り戻すために行われる今夜の儀式は、やはり苛烈な戦いになることが予想されていた。
東の祠の崩壊によって引き起こされた此度の騒乱。この機に乗じて力を蓄えた妖たちは、陰陽師たちの企てを何としても阻止しようとするだろう。
《平安会》は、儀式を妖に妨害されないため、また〈青龍の横笛〉を無事に東の祠へ返納するために、京都市内の各地に陰陽師の部隊を派遣し、担当地域の防衛を指示したのだ。
その中で、静夜たち《陰陽師協会》京都支部が任された場所はまさに捨て駒と呼んで
本来であれば、歴史ある陰陽師の一族が総出で参戦するような作戦範囲を、《平安会》はたった五人しかいない京都支部に、人手不足を認識した上で命令してきた。
彼らはもしかしたら、京都支部が全滅してしまってもいいとさえ思っているのかもしれない。そうであれば、助けを呼んだとしても増援は期待出来ないだろう。
また、各要所での戦闘が想定以上に激化し、《平安会》が手一杯になってしまっても同様だ。その場合は、犠牲者もけが人も静夜たちだけでは収まらなくなる。
京都の街が、妖に呑み込まれるのだ。
最悪の場合は、伝説の記述でしか聞いたことがないような大災厄と文字通りの地獄が待っている。
故に、京都支部の支部長を任されてしまった月宮静夜は、自分が最善と思える手を打った。
「……来たぞ」
舞桜の呼びかけに顔を上げる。
「せんぱーい! 連れて来たッスよぉ!」
呑気に手を振って、不用心に大きな声を張り上げる忍者。
並んで歩く双子の後ろからは、《平安会》に囚われていた
「二人ともご苦労様。意外と遅かったね」
「なにそれ嫌味ッスか?
割と本気で怒られて、静夜は軽く驚く。
この二人なら楽勝だと思っていたが、実際にはそうでもなかったということか。
リスクの高い仕事を頼んだ自覚はあるので、冗談めかした皮肉を言うのはほどほどにしておこう。
静夜はベンチから腰を上げ、そっぽを向く勝兵の目の前に歩み出る。
「……何だ?」
勝兵に鋭く睨まれて、静夜は思わず身構えた。
でも、ここで臆してはいけないと表情を引き締め、支部の責任者を務めるにはあまりにも若く未熟過ぎる青年は、自分よりも少し背の高い部下に対してまず、――深々と頭を下げた。
「――すみませんでした」
勝兵は驚きに息を呑む。
静夜はそのままの姿勢で言葉を続けた。
「僕に、京都支部の支部長らしい権限や発言力があれば、水野さんをあんな目に遭わせずに済んだはずなんです。こちらに連れ戻すのだって、本来であればもっと正当な、堂々とした手段があったはずなのに、今の僕では、こんな筋の通らない方法を取る以外にありませんでした。……京都支部の組織としての力不足と、僕自身の不甲斐なさを、謝らせて下さい」
ここで勝兵の到着を待つ間、静夜はずっと彼と何を話せばいいのか、そればかりを考えていた。何を言うのが最も適切か。どのような態度をとるのが最も誠実か。
「……それで? 俺はお前を許せばいいのか?」
勝兵からは冷たい答えが返る。
静夜は、心臓を鷲摑みにされたような苦しみをぐっと堪えた。
「いえ、……そういうわけではありません」
こんなどうしようもない謝罪に意味はない。許しても許されても、何も変わらない。こんなものは、ただの自己満足に過ぎないのだ。
それでも、静夜はなによりも最初に、これだけはきちんと伝えておきたかった。
もう一度、勝兵の顔を見上げる。
「……今夜だけ。今夜だけでいいですから、水野さんに協力をお願いしたいんです」
「協力?」
「はい。……これから、
「で、俺にもそれを手伝え、と?」
「……京都支部の担当は、この円山公園を中心に、半径約二キロの地域。西にある
勝兵は、くノ一の姉妹から聞いていたものよりもさらに詳細な作戦の内容を聞かされて、遂に呆れ果てた。
「はッ、それはまた随分ととんでもない貧乏くじを引かされたな。……ああ、なるほど。つまりお前は、《平安会》が京都支部を捨て駒にしたように、失敗した時は俺を捨て駒にして責任を押し付け、自分の立場だけは守ろうとしているわけだな?」
「ちょっとアンタねぇ!」
嫌なことを言う、嫌な先輩だと勝兵は自分でもそう思った。決してああはならないと誓っていたはずが、気付けば自分も同じようなことをしている。
それはきっと自分を守るためだ。悪いのは相手の方だと言い聞かせて、相対的に自分は正しいのだと
保身に走っているのは、自分の方だった。
暗闇の中に言い訳を見つけて、自らもその闇に染まっていく。呑まれていく。沈んでいく。
でも、それは仕方のないことだろう?
誰だって間違えたくない。誰だって失敗したくない。誰だって自分のことが一番大切。
だから、頷いて欲しかった。目の前の、年下の上司には。
何かあった時は全部の責任をお前がかぶれ、と。どうせこの京都からいなくなるのだから、トカゲのしっぽとなって犠牲になれ、と。
そう言ってもらえたなら、心おきなく言い訳ができる。上司をワルモノにして自分は哀れな被害者になれる。
しかし、月の光は夜の暗闇を、情け容赦なく照らし出した。
「失敗したら、死人が出ます。全滅もあり得る。……今夜はきっと、そういう戦いになります。終わった後のことなんて、考えている余裕もありません」
軽蔑するわけでも、同情を示すわけでもなく、月宮静夜はもっと別のものに目を向けて言葉を探している。
「ご存知の通り、僕は弱いです。実力も権力もないですし、みんなに偉そうに命令できるような身分でもありません。……だからこそみんなの、……水野さんの協力が必要なんです。……お願いします。僕に力を貸してください。全員でこの夜を生き残るために……!」
再び頭を下げた。今度は自己満足ではなく、自らに課せられた責任を果たすために。
勝兵は今更、彼が京都支部の支部長であったことを思い出す。
自分に見下されているその頭が、嫌味なくらい眩しく思えた。
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