京都支部総動員
「……ずるいな。それはお前が、その立場に立っているからこそ言える台詞だ」
皮肉のつもりで
この青年が持っているのは肩書きだけ。力のない
下手に出ればいいというわけではないのだ。
それは静夜も承知の上。分かった上で語っている。
「こういう立場にいる人間は、こうやってちゃんと筋を通すのが最低限の義務だと、僕は考えています」
「ふん、その偽善者の仮面がいつまで続くか見ものだな。真面目な奴ほど息苦しいぞ? この世の中は」
「……そんな世界は、間違っています」
「そんな世界、僕は納得できません」
それはいつか、とある少女が貫いた言葉だった。
桜の花が、咲いている。
「確かに、僕の力はちっぽけで、出来ることなんてたかが知れていますけど、せめて僕の手が届く範囲だけは、そんな理不尽な世界にしたくないと思っています」
舞い散る桜の
その中で、少女が見上げているのは、一本の大きな
『
聞けば、その桜の樹は二代目なのだという。
朽ちて天命を遂げた先代にかわり、今世の夜桜はこの春も堂々と咲き誇り、
花を
静夜は、旅立つ桜の行き先を決して見失わないように、その目を見張って花の残像を追っていた。
「……まったく学生らしい」
その様子を勝兵は呆れたように嘲笑う。それは
本当は、負けたくなんかなかったのに。
目の前に立つこの学生は、そのことをちゃんと分かっているだろうか。知識としてではなく、実感として。
分かっているのかもしれない。
その瞳はただ愚かな夢を盲信しているだけではなく、現実を知った上でなお、固く決意しているように見えた。
なぜなら、彼の夜色の瞳は、桜のように純潔ではなかったから。鈍くくすんで、ぼやけている。
まるで一度は汚れ切ってしまったガラス戸を力任せに拭って、かろうじて外が見えるようにしたみたいに。
青年の過去に何があったかなど、勝兵は知らない。けれどもその瞳は、彼の覚悟を
「……学生とこれ以上話を続けるのは時間の無駄だ。そろそろ、仕事の話をしよう。……
その一言で、風が変わった。
冷たさを残した空気がほぐれて軽くなる。
初めて名前を呼ばれた。
それに支部長という敬称を付けて呼ばれたのは、誰に対してからでもこれが初めてだった。
だから、勝兵が誰を呼んだのか、静夜は一瞬分からず呆然となり、それが自分のことだと自覚した時は、改めて自分が背負うこととなった責任の重さに身の引き締まる思いがした。
今夜のこの戦いは、京都支部にとっての初陣だ。彼らをまとめ、作戦の指揮を取るのは、支部長の静夜。
失敗するわけにはいかない。誰も死なせるわけにはいかない。
その重圧を、プレッシャーを、月宮静夜は真正面から受け止める。
双肩にのしかかるその感覚がどこか懐かしくて、どういうわけか心地いい。
「……何か考えはあるのか?」
試されるような問いを受けると、静夜は控えめに頷いた。
「……はい。……と言っても、ものは相談なんですけど……、舞桜!」
呼ばれた少女は、意識を枝垂れ桜から現実へと戻して、静夜たちの方へと歩み寄る。
「話はまとまったのか?」
「……うん、まぁ一応ね。……で、頼んでいたアレなんだけど、やっぱりお願いしてもいいかな?」
「……分かった。だが、うまくいく保証は出来ないぞ?」
「構わない。こっちでも出来る限りのフォローはするから」
「……少し時間がかかる。それまでに準備しろ」
「うん。よろしく」
枝垂れ桜の方へと戻る少女の背中を見送って、静夜は残る三人の方へと向き直った。
「これから、舞桜の
ある程度の人数がいれば、いくつかの班に分かれて担当地域のすべてを
さらに今は、京都中の妖が活性化しており、一体一体が強くて大きな妖力を持っている。いくら手練れの陰陽師でも、一対一で妖と対峙するのは危険だ。
以上のことを踏まえた上で静夜はこの作戦を提案した。
「……基本的な考えは悪くないが、妖が大量に押し寄せて来て対処し切れなくなったらどうする?」
話を吟味した勝兵が賛成を示しつつ懸念材料を指摘する。
「そこは、僕が広域に結界を展開させて、周辺一帯を迷宮化します。うまく入場制限をかけることで可能な限りこちらの数的不利を作らないようにします。欲を言えばさらにいくつかトラップを仕掛けたり、デコイを飛ばしたりして結界内に誘い込んだ妖を散らせればいいんですけど……」
「簡単なものでいいならデコイはいくつか用意できる。罠を仕掛けるなら、俺よりこっちの忍者に任せる方がいいだろう」
「おッ! 分かってんじゃん!」
「先輩! 罠ならあたしたちに任せて欲しいッス!」
「じゃあ頼む。陸路は僕が塞ぐから、対空トラップを少し多めにしてくれるとありがたい」
「了解ッス! 今からちゃっちゃっと行って仕掛けて来るッス!」
意気揚々と敬礼し、今にも駆けだそうとする双子のくノ一。
静夜は他に反対意見がないことを暗黙の内に確認すると、二人に出動の許可を出した。
「時間はあまりない。十分以内で戻って来て欲しい」
「「了解ッ!」」
気持ちのいい返事した双子は、二手に分かれて夜の闇に紛れて消える。
「俺も準備に行く。デコイは散らした方が効果的だからな……」
「はい、お願いします」
振り返った勝兵の背に向かい、静夜は協力の感謝も含めて言葉を掛ける。
勝兵はチラリとそれを一瞥し、思い出したかのように口を開いた。
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