青龍の横笛
『……〈
スマホの画面に映る
この質問に答えるのは、自分よりも彼女の方が適任だろうと思い、静夜は舞桜に説明を促した。
「……〈青龍の横笛〉とはその昔、竜道院一族の祖とされる伝説の陰陽師が、黄金の竜を倒すために
『……その、力を借りた四神というのは、青龍だけだったんですか?』
「そんなわけないだろう? 伝説では、四神全てからそれぞれ神器を授かっている。当然それらも戦いの後でそれぞれが司る方角に祠を建てて祀ったとされていて、西の祠には〈白虎の
まだ雨の降り続く京天門邸の縁側で、静夜たちは今しがた終わったばかり総会での話し合いを上司である
この後、屋敷の主である京天門家から夕食が振る舞われることになっており、それまでに急ぎの連絡を済ませておこうと、スマホで連絡を取っている者は他にも多い。
「……それにしても、なんで祠の警備にあたる陰陽師が、全員竜道院一門の陰陽師なんスか? 絶対に変ッスよね?」
腑に落ちない顔で
確かに、それは静夜も疑問に思っていた。
総会の話し合いの結果、各家の役割分担は大まかに、
竜道院一門が祠の警備と残り三つの神器の守護。
京天門一門が、被害の大きい街の東側の警戒。
蒼炎寺一門と他の門派の陰陽師たちは、遊撃と補給などの後方支援に決まった。
この時、竜道院家は、祠の守護の役割を決して他の一門の者には譲らなかった。また、京天門家も蒼炎寺家も、他の一族は誰もこれに強い反対意見を出さなかったのである。
「何もおかしくはない。あの四つの祠と神器を守ることは、昔から伝わる竜道院家の独自の仕来りだ。それに祠の位置を知っているのは竜道院家の中でも限られた者だけ。他の家の者に強く迫られても決して祠の場所を教えるわけにはいかない」
「じゃあ何で犯人は、祠の場所が分かったんスかね?」
「さあな。本家から情報を盗み出したのか、自力で探し当てたのか、……それとも、――」
「――それとも、最初から祠の場所を知っていたか」
舞桜の言葉の続きを横から奪ったのは、いつの間にか静夜たちの和の中に立っていた、水野勝兵だった。
「……最初から知っていたとは、どういう意味ですか?」
静夜が少し高い位置にある彼の顔を見て問い質す。
水野は、スマホに映る妖花の顔を一瞥してから、ため息をついて話し始めた。
「……竜道院家の始祖である伝説の陰陽師が、四神の力を借りて黄金の竜を倒したという言い伝えは、俺も聞いたことがある。……だが、別の文献によると、その話にはあの
「ッ!」『……透文院ですか』
その名前が出た瞬間、周囲にいた陰陽師たちが数人、その鋭敏な聴覚で反応し、こちらに注意を向けてきた。
水野は続ける。
「今回盗まれた〈青龍の横笛〉をはじめとする神器は、竜道院家が四神から授かった品ではなく、透文院が四神を呼び出すために作った触媒、御神体とも言われているそうだが?」
「……そんな話、私は聞いたこともない」
「あの偉そうな小学生はアレのことを御神体、と呼んでいなかったか?」
「言葉の綾だ。あるいは、神器を用いてなんらかの儀式を行えば、本当に四神を呼び出せるのかもしれない。……だが、あの透文院家が〈青龍の横笛〉をはじめとする四つの神器を作ったなどという話はいくら何でもでたらめだ」
「ふん、それはお前が教わっていないだけじゃないのか? 『妖に愛された呪いの子』」
「……なんだと……!」
水野に食って掛かろうとする舞桜を、静夜が止める。今は仲間内で揉めている場合ではない。
二人の間に割って入って、お互いを諫めるように口を開いた。
「……もしも仮に、〈青龍の横笛〉を用いることで伝説上の神獣の召喚が可能になるとすれば、犯人の目的はそれかもしれません。だったらその儀式の準備が整う前に、横笛を取り返さないと、大変なことになります。……水野さんも、ここからは僕たちと一緒に、〈青龍の横笛〉の捜索を……――」
「――断る」
「……」
なるべく自然に協力を打診しようとしたのに、目論見はあえなく玉砕した。
この期に及んでも頑なに団結の意思を見せない水野の態度に、
「ちょっと! 状況分かってるんスか? 今、あたしたち滅茶苦茶疑われてるんスよ! はっきり言って、ちょーピンチッス!」
「それもこれも、アンタが支部長の命令無視して好き勝手に暴れ回るから、ここのおじさんたちの反感買って、印象を悪くしたのが原因じゃないッスか! 少しは自重したらどうなんスか?」
いつもの丁寧語を略す口調で、嫌味を連発する双子の姉妹。その挑発は水野の神経を逆撫でした。
「俺は自分の仕事をやってるだけだ」
「また仕事仕事って、そうやって自分は仕事してますアピールして真面目気取ってるつもりッスか? アンタの仕事は、陰陽師として妖を退治する以前に、部下として上司の言うことをちゃんと聞くことでしょうが⁉︎」
「それに、前にアンタが仕事したっていう事故物件の部屋からまたすぐに妖が出たんスよ? それってアンタの仕事がザルだったからそうなったんじゃないんスか? 余計なことして面倒事を無駄に増やすとか、マジでやめて欲しいッス!」
「ちょっと、二人共、その辺に――」
いくら何でも言い過ぎだと、静夜が止めに入ろうとしたその時、
「――うるせぇよ、お前ら……」
水野勝兵が静かに怒りを露わにした。
「俺の仕事に文句があるなら、お前らもそれなりの成果を出してから言えよ。自分は何もしてないくせに、人には偉そうに文句を言うのか?」
「……そう言うお前は、それなりの成果とやらを出しているのか?」
据わった目付きで年下の同僚を見下す水野に、今度は舞桜が食ってかかった。
「お前の勤労さは認めるところだが、目先の小さな獲物ばかりを追いかけていても意味がない」
「何だと?」
水野が鋭い剣幕で舞桜に一歩踏み込んできたので、咄嗟に静夜は二人の間に身体を入れる。
「舞桜もそのくらいにして。水野さんも落ち着いて下さい」
しかし結果的に、静夜は舞桜を背にして庇ったので、水野以外が水野一人を見つめ、水野が一人で全員を睨み返すという構図になってしまった。
「……ふん、どうせお前も、俺があの事故物件の後処理をきちんとやっていれば、こんな面倒なことにはならなかった、とかそんなことを思ってるんだろ?」
だから、水野の正面に立った静夜にも怒りの矛先が向く。
「いえ、……僕は、そんなことは……」
「でも俺のことは、迷惑に思ってる」
断言されて、静夜も彼を見返した。
「……自覚があるなら、もう少し協力的になって頂けませんか?」
「ふん、嫌だね。……誰がお前らなんかと」
水野はやはり方針を変えず、踵を返して、静夜たちに背を向ける。
「俺はこれからも好きにやらせてもらう。それでいいよな?」
「……分かりました。でも、あまり《平安会》の人たちを刺激するようなことは控えてください」
「……」
水野は、静夜の言葉に応えることなく、そのまま京天門邸を出ていった。
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