情報開示

「……そもそも、この妖の活性化が、人為的なものであるという根拠はあるんですか?」


 苦し紛れのように聞こえるかもしれないが、水野の反論には静夜も「確かに」と静かに頷いた。


《平安会》、特に竜道院家は、この騒動が誰かの悪意によって引き起こされたものであると確信しているようだ。

 いくら仲間が傷付いたからといって、冷静さを欠いた犯人探しを始めるほど、彼らも愚かではない。

 静夜たちに嫌疑けんぎをかけるからには、相応の理由があるはずなのだ。


「――それは、わらわから話をしよう」


 突然、鳴りを潜めていた怪物が、目を覚ましたかのようにその存在感を輝かせる。

 会場の視線は一斉に声の主、竜道院羽衣はごろもへと集中した。


 降りしきる雨が激しくなり、屋根や地面を打って跳ねる雨音が少女の声音を重く響かせる。


「単刀直入に教えてやろう。……東のほこらから〈青龍せいりゅう横笛よこぶえ〉が盗まれた」


 雷が落ちる。比喩ではなく。

 夜の闇を斬り裂く閃光が、すべての雑音をかき消す轟音が、京都の街を駆け巡った。


「せ、〈青龍の横笛〉やと?」「んな、あほな! アレはただのおとぎ話とちゃうんか?」「せやったら、これは何か? 妖どもが暴れとんのは、神のたたりやとでも言うんか?」「神獣しんじゅうの怒りを買うたせいか?」


 慌てふためく陰陽師たちの様子は、まさにバケツをひっくり返した大雨の如く。

 羽衣から飛び出した単語はまさしく、天からの霹靂へきれきに等しい衝撃だった。


〈青龍の横笛〉。これはまた、とんでもない代物が出て来たと、静夜からは思わず苦笑いがこぼれる。

 羽衣は話を続けた。


此度こたびの騒ぎ。お主らからの報告を聞く限りでは、やはり街の東側に被害が集中しておるようじゃな。もしやと思うてつかいを出してみれば案の定、祠は荒らされ、中にまつられていた御神体ごしんたいはどこにも見当たらなんだ。当然、二重三重に張られた古来よりの結界も破られておった。腕の立つ陰陽師の仕業と見て間違いないじゃろう」


 さらにどよめきが増す中、唯一竜道院家の席だけは取り乱すことなく黙って姫君の話を受け入れている。一族の者には事前に話が済んでいたのだろう。


 静夜の隣に座り直した舞桜も、固唾かたずを呑んで羽衣の話に聞き入っている。竜道院の家に生まれた者として、彼女も〈青龍の横笛〉についての知識はいくらか持ち合わせているようだ。

 故に、これが悪い冗談だとか、姫様の気まぐれの悪ふざけだとか、そういう笑い話では済まないことも分かっている。


「……一刻も早く〈青龍の横笛〉を探し出すのじゃ! ただの伝説、伝承と軽んじるのは勝手じゃが、かの東の神獣が本気になってからでは全てが手遅れぞ!」


 皆が同時に息を呑み、呼吸を忘れる。

 無理もない。伝説の黄竜おうりゅうを従える竜道院の姫君が本気で警鐘を鳴らしているのだ。


 只事ただごとではないと総会に集まった陰陽師たち全員が気を引き締めた。


「……さて、外様とざまのまがい物たちよ。お主らにも今回は働いてもらうぞ? 身の潔白を証明したいなら、命を懸けて戦い、あわよくば〈青龍の横笛〉を誰よりも早く見つけて盗人より奪い返し、わらわの下へ持って参れ。……もっとも、此度の騒ぎがお主らのくわだてによるものでなければの話じゃがのぉ……?」


 羽衣は最後に楽しそうな笑みを浮かべ、静夜たち《陰陽師協会》京都支部に向けてそう告げた。

 再び、非難と疑念の視線が、会場中から集まって来る。


 羽衣の話はこの事件において大変重要な情報の開示であった。それと同時に、犯人の存在を明確に示すものでもある。

 この中で最も疑わしい静夜たちはより一層、騒動に対して動きにくくなったと言えるだろう。

《平安会》の中にはもう既に、彼らが黒幕に違いないと、決めつけている人たちもかなりいるようだ。


 羽衣は話し終えるとそのまま高座を降りて、総会を途中退席してしまう。

 この話をするためだけに、彼女はわざわざ総会に顔を出したのだ。

〈青龍の横笛〉が盗まれたことに本気で危機感を抱いているのか、それとも強者の戯れか。

 どちらにせよ、羽衣のもたらした情報によって陰陽師たちの顔付きは変わった。


 今回の事件、気を抜けば、もしかしたら京都の街が滅びるかもしれない。


 総会に集まった陰陽師たちは、誰もがその地獄を頭の片隅に思い描き、羽衣が去ってからは誰一人余計なヤジを飛ばすことなく、話し合いは雨と遠雷えんらいの音だけが聞こえる不吉な静寂の中で粛々と進んでいった。

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