ガールズトーク

「……じゃあ、今度はあたしたちが二人に訊いてもいいッスか?」

「今の先輩について!」


 空気が重くなりかけたのを敏感に感じ取ったのか、姉妹は揃って話を打ち切り、その目を輝かせて今の月宮静夜を知る二人に詰め寄った。


「特に舞桜ちゃんは今、先輩の部屋で一緒に暮らしてるんスよね? なんかないんスか? こう、お互いの恥ずかしいところを見ちゃった! とか、見られた! とか」

「それでムラムラしちゃった先輩に、強引に関係を迫られたりぃ、夜寝てる時に襲われそうになったとか!」


 15歳になったばかりの少女から下世話な話を聞き出そうとする女子大生がそこに。


「ちょ、ちょっと二人とも……!」


 栞は慌ててそれを諫めようとして、


「えぇ⁉ でも、しおちゃん先輩だって気になりますスよね? 意中の男性がこんな可愛い女子高生とひとつ屋根の下、どころか、六畳一間の1Kマンションで一緒に暮らしてるんスよ⁉ 何かあったって不思議じゃない!」

「って言うかむしろ、何もない方がおかしいッスよ!」


「ぐっ! ……それはまあ、確かにそうかもしれへんけど……」


 熱のこもった姉妹の勢いに押されて、口ごもってしまった。

 栞は何かを誤魔化すようにビールを一口煽り、グラス越しに覗き見るような視線で舞桜の答えに耳を傾けた。


「で? 実際のところ、先輩のおちんちんはどうだった?」


「ブフッ! コホコホッ! ちょっとッ! 萌依ちゃん⁉」


 ド直球な下ネタがぶち込まれて、栞は思わず口に含んだ金色の液体を噴き出してしまった。


「やだなぁしおちゃん先輩、これくらいのジョークで驚かないで下さいよ。それに、あたしは萌依じゃなくて妹の萌枝ッス! 姉の萌依はこっち」


「あ、そうやったの? ごめんなさい。……って、そういうことやなくて!」


 年上を手玉に取って弄ぶ萌枝の隣で、萌依はコロコロ変わる先輩の反応を楽しんでケラケラと笑っている。


「……私とアイツが既にそういう関係であると決め付けて話を進めるのはやめろ」


 失礼極まりない疑いを掛けられた当の本人は、驚くわけでも、恥ずかしがるわけでもなく、それをくだらないと吐き捨てて、冷たい視線を新顔の姉妹に突き返していた。


「生憎と、お前たちが期待しているようなことは一切ない。最初の頃は多少のハプニングもあったが、私はアイツに肌を許していないし、許すつもりもない。……それに、アイツは私のことを女性として意識していないらしいから、今後もそういうことは起こらないだろう」


 冷静に、自分の身は安全だと主張する舞桜に、笑い転げていた萌依は「そんなわけないっしょ!」と少女の楽観をさらに笑い飛ばす。


「どんなに聖人君主みたいな人だって、年頃の男子なんてのはみんなケダモノなんだから、一緒にいて安全なことなんて絶対にないッス!」


「先輩だって性欲旺盛な普通の男子大学生なら、身近にしおちゃん先輩や舞桜ちゃんみたいな可愛い子が居て意識しないなんてことはあり得ないわけだし、大丈夫だと思って油断したら最後、ある日突然押し倒されて、そのまま強引に最後まで……、ってことも充分に起こり得るんスから!」


 意地悪な萌依は、よこしまな目つきと何かを揉むような両手の仕草で、舞桜たちを脅かそうとして来る。


「……アイツが普通の男子大学生なら、か……」


「ん? 舞桜ちゃん……?」


 姉妹の忠告が全く胸に響いて来ないのか、舞桜は別のことに思考を巡らせているようだった。


「……まあ確かに、お前たちの言うことも分からないではない。私も、アイツの部屋に住み始めて最初の頃はそう思っていた。一度風呂上がりの着替えを見られたこともあったしな」


「え、嘘!」「何その話、もっと詳しく!」


「一度だけだ! 一度だけ! アイツはその一件以降、律儀なまでに扉のノックを欠かさなくなったし、偶然を装うようなことも、着替えなどの私の身の回りのものに何かをするようなこともなかった。……だから以前、アイツに直接に訊いたことがあるんだ。お前は私のことをどう思っているんだ? とな」


「うわ、大胆……」


 栞が声を漏らして驚く。

 だが舞桜にしてみれば、あれはそこまで思い切った質問でもなかった。

 自分が女性として見られていないことを屈辱に思ったわけではなく、自分に好意を抱いていて欲しいと願ったわけでもないのだ。そもそも舞桜は、そこまで静夜に興味がない。

 単純に気になっただけ。


 同じ部屋で一緒に生活をしていく上で、同居人との距離感を正確に測るために、舞桜は今日の夕食の献立を訊くような気軽さで、静夜にそんな問いを投げかけたのだ。


 そして、これに対する静夜の答えは、


『……過去の自分を映す鏡、かな?』


 というものだった。


「え? なんかイタイ」「って言うかちょっと気持ち悪いッス」


 相変わらず静夜に対して容赦のない双子の姉妹は、背中を駆け上がった寒気に身体を震わせる。


「アイツは至って真面目な顔でそう答えたぞ? アイツに言わせると、私はどうも、昔のアイツによく似ているらしい」


「あ、それはちょっと分かるッス」

「なんか顔つきと言うか、目つきと言うか、その身に纏う雰囲気が、確かになんとなくあの頃の先輩に似ているような、いないような……?」


 見事な手のひら返しで同意されてしまい、舞桜はムッとなった。昔の彼を知っている二人からの見立ては不本意な評価だ。


「私はそうは思えないが……。とにかく、昔の自分が同じ部屋にいても大して気にならない、というのがアイツの感覚だそうだ。……だから、栞も安心していいぞ?」


「え?」


「私が言うのもおかしな話だが、アイツもお前の気持ちには気付いている。不義理なことはしないだろう。なんだかんだいっても根が真面目な奴だ」


「う、うん。……せやったら、ええねんけど……」


 舞桜から突然励ましの言葉を貰って、逆に栞の表情は沈み込む。


 二人は現在、お互いに変化を保留にしている。

 友人という、範囲が広くて曖昧で、都合のいい関係性のまま甘んじて、進展も退転もなく、微妙な距離のままで放置しているのだ。


 栞は、静夜の陰陽師としての仕事や任務、京都支部における責任や環境の変化に遠慮して身を引いており、静夜は静夜で栞の配慮に甘えている。

 静夜もそれは自覚しており、このままではよくないと思ってはいるようではあるが、今は生活的にも精神的にもそこまで気を回せる余裕がない。


 この問題を解決するにはもう少しの時間か、あるいは何か別の外的要因が必要になるのだろう、と二人のことを身近で見ている舞桜はそう思った。

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