第5話 夜桜見物と会話の花

平野神社

 大学の東に、平野神社ひらのじんじゃという桜の名所がある。

 毎年、春になると敷地から溢れんばかりの桜の花が盛大に咲き誇り、夜にはライトアップもされて、週末ともなれば多くの大学生や仕事帰りのサラリーマンが花見と宴会を楽しみにやってくる。


 竜道院邸での用事を終えた静夜たちは、サークルの先輩たちが企画したお花見会に参加すべく、ここまで足を伸ばしていた。


「静夜君! 舞桜ちゃん! こっち、こっち!」


 先に来て先輩たちと一緒に花見茶屋の座敷に座っていた栞が、静夜たちを見つけるなり大きく手を振り、飛び跳ねている。


 屋台で賑わう人混みをかき分け、どうにか見知った学生の集団の中に合流すると、既に何人かのサークル会員は酒宴を始めており、花より団子な面々が、もう十分に顔を赤く染めて奇声を上げながら何やら騒いでいた。


「お! 静夜、やっと来たのか!」


 喧しい一団の中心には、なぜかサークルのメンバーでもないのに、当たり前のようにイベントに混ざって溶け込んでいる坂上康介の姿がある。


「俺たちずっと、お前が来るのを待ってたんだぜ⁉︎」


 栞の隣に座ろうとした静夜を強引に引っ張りこむと康介は、


「さあさあ、みなさん! お待たせしました! 今、キャンパス内で密かに話題になっている自称・プロの陰陽師! 月宮静夜君のご登場でーすッ!」


「よっ! 待ってました!」「なんか術とかできるんでしょう? やって見せてよ」


 宴もたけなわな観衆たちの目の前に、今来たばかりの友人を放り込み、自分はそそくさと袖に下がって観客の中に混ざり賑やかしの拍手を叩き始めた。


「ちょッ、ちょっと! 康介! これはいきなり何?」


「俺たち、ちょうど今さっきまでお前の話で盛り上がってたんだよ! お前、新歓のブースでプロの陰陽師を名乗っていろいろ術とか手品みたいなのを披露してただろ? あれが結構ウケたみたいでさ、キャンパス内でちょっとした噂になってんだわ! その話をしたら、みんなが実際に見てみたいって言うからさ、なんかやって見せてくんね?」


「……は?」


 全く話に追いつけなかった。完全に酔っ払いのテンションだ。


「月宮君の〜、ちょっといいとこ、見てみた〜い!」


「「「見てみたーいッ!」」」


「……」


 周りの同期やサークルの先輩たちも静夜を取り囲んでコールを始めてしまい、最早逃げられるような状況ではなくなっていた。

 どうやら静夜の陰陽術は、花見を盛り上げる宴会芸の一つとして辱められて、酒と桜に酔いしれる大学生たちの、美味いさかなにされてしまうようだ。


「ウェーイ!」「ウェーイ!」


 おかしな掛け声を言い合って、意味もなくハイタッチを交わし、ビールのカップを煽るパーティーピーポーたち。


 そんな彼らの様子を見た舞桜は、


「……なんだあれは?」


 と、冷め切った目で眺めつつ、栞の隣のスペースへと逃げて腰を下ろした。


「おぉ、これが本物の大学生……」

「ウェーイってホントに言ってるんスねぇ、てっきり漫画やアニメの中だけの話だと思ってたッス……」


「アハハ、あれはほんまに一部の人だけやけどね……」


 静夜についてきた萌依と萌枝も、康介たちの一団からは少し離れたところに座り込む。

 最初からあのテンションとノリについていくのは、さすがの百瀬姉妹でも遠慮したいところだった。


「それよりいいのか? 陰陽師はあまり人の目に触れるべきじゃない。ああやって目立っていると、真に受ける奴が出てきたり、また《平安会》から苦情が来たりするかもしれないぞ?」


「大丈夫やって! 静夜君、その辺の事はブースにおるときからいっつも気を付けとったし、康君も冗談の範囲で済ませなあかんことくらい、分かっとるはずやから」


 舞桜の忠告を、栞は二人への信頼を根拠に否定する。

 静夜は、新入生の勧誘のためにプロの陰陽師を演じていた時から、一貫して呪符を使った拘束の術しか使わなかった。今もはたから見ている限りではちょっと不思議な手品に見える程度の陰陽術しか披露していない。


 康介も、静夜が冗談ではなく本物の陰陽師である事は知っているので、場を盛り上げるために彼を煽ることはあっても、仕事上での立場や事情は最低限考慮するように気を付けていた。


 口が達者で要領がよく、世渡り上手な康介だ。彼がプロデューサーをしている限りは、舞桜の心配も杞憂に終わるだろう。


「それにしてもちょっと意外ッス。先輩があんなふうに、友達と楽しそうに大学生やってるなんて……」

「ねぇ、昔の先輩からは想像もつかないッスよ」


 騒ぐ学生たちの和の中で、わりとまんざらでもないような顔をして楽しんでいる彼を見ていると、双子の後輩は目を細めて感慨に浸った。


「昔の静夜君って、今とは全然違うかった?」


 栞は、姉妹が抱く昔の彼のイメージに興味を示す。

 彼女の知る月宮静夜とは、自分から積極的に騒ぐことはないにしても、なんだかんだ言って集まりには顔を見せ、空気を読んで周りと話を合わせられる程度には付き合いがいい。

 本物の陰陽師で、普通の人たちとは明らかに違う力を持っているとはいえ、変にかぶいていたり、浮世離れしていたりすることはなく、むしろ、どこにでもいる普通の大学生と大して変わらないと思うことの方が多いくらいだ。


 それを「想像もつかない」と評するくらいには、今の彼と昔の彼にはギャップがあるということなのだろうか。


「……う〜ん、あたしたちが知ってる先輩は、なんて言うかもっとこう、カッコつけてたって言うか、気取ってたって言うか、ちょっと中二病っぽかったっていうか……」


「俺はお前たちとは違うんだ、気安く触れるな! ってそんな感じだったス」


「……まあ本人にその自覚はなかったと思うッスけど、……ほら、この業界って、自分が陰陽師ってだけで変な勘違いとかしちゃう人も多いッスから」


「でも、あの時の先輩ほどこじらせてる人は、なかなかいないんじゃない?」


「それもそだねぇ。でもアレは時期が時期だっただけに、しょうがないところもあったのかなぁ……?」


「……時期って言うと、その、静夜君のお義父さんが亡くなるちょっと前の時ってこと?」


 姉妹二人だけで盛り上がっているところに、栞の質問が入り込む。

 確か、静夜が二人の故郷である忍びの隠れ里に出向いたのは、四年前のちょうどその頃で、義父の容態が悪化したから予定よりも早く戻ることになった、と話してくれたのを覚えている。


「そうそう。あの頃の先輩はなんかいっつもピリピリしてて、第一印象からずっとこっちからは話しかけるのも気まずい感じで……」


「はっきり言って、一緒にご飯食べるのも嫌だったッス」


「そ、そこまでやったんや……」


 酷い言われように、栞はフォローの言葉が見つからない。


「……」


 黙って話を聞いていた舞桜は、屋台で買ってきた焼きそばを食べながら、今も学生たちの和の中で騒ぎに混ざっている静夜の後姿を盗み見た。


 舞桜も、多少なりとも話は聞いている。

 四年前、義父だった月宮兎角とかくを失くした後、静夜が《陰陽師協会》に歯向かって、ボロボロにやられたことを。

《陰陽師協会》に入ると言い出した義妹を止めるために決闘を挑んで、コテンパンに負かされたことを。


 淡々と事の経緯をざっくりと説明するような彼の言葉の裏には、五歳年上の青年が無意識のうちに隠そうとしている挫折の無念と絶望の一端が垣間見えていた。

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