第4話 平安会からの苦情
星明からの呼び出し
「で? その『
聞き慣れない単語に、舞桜は首を傾げる。
「僕もよく分からなかったから萌依たちに訊いたんだけど、推薦枠で協会に入った人たちのことを、一般公募枠の人たちは嫌味を込めてそう呼ぶらしい。理事会や執行部からの推薦が得られる人なんて、ほとんどが先祖代々陰陽師をやっている家の生まれだから」
「それで血統組か」
「まあ、推薦枠と公募枠じゃ、仕事の中身も待遇もかなり違うからね。推薦枠は陰陽師としての実力を買われて協会に入っているわけだから、危険を伴う分、重要な役職を任されることが多いし、結果を出せば出世も早い。でも公募枠の人たちは、雇われた支部の元で地味な事務職をコツコツやって上を目指すしかない。それで我慢して頑張っても、良い役職は本部から出向してきた推薦枠の人に取られたりする。……そんなわけで、公募枠の人たちは推薦枠の人たちを血統組なんて言って疎むし、血統組は血統組で公募枠の人たちを下に見て横暴な態度を取ったりするから、組織内での対立は結構根深いみたいだよ?」
まるで他人事のように語る静夜。この話は全て、百瀬姉妹からの受け売りだ。
今まで協会に属してはいても、組織の中にいたとは言い難い彼にとって、この手の話には縁がなかったし、興味もなかった。
静夜も一応は理事会からの推薦を受けて協会に入ったため、血統組と言われればそうであるが、自分の実力や立場は一般公募枠の人たちから
推薦をもらったのは、彼が大学への進学を期に京都の街で独り暮らしをすることが決まったからであって、京都支部の支部長に選ばれたのは、自分を陥れた竜道院星明の策略であり、どちらも大人の都合だ。何一つ、月宮静夜の能力や実績が評価された上での人選ではない。
それに、陰陽師としての才能で言えば、明らかに先日の水野勝兵の方が上手に思える。
(……でもやっぱり、あそこで《平安会》に何の断りもなく、勝手に妖を祓ったのは不味かったんだろうなぁ……)
ため息を飲み込みつつ、静夜は隣を歩く舞桜と共に、目の前に
竜道院邸。《平安陰陽学会》御三家の一つにして、三大門派の一つ、竜道院一門を束ねる陰陽師の名家。その本家。
突然の呼び出しを受けたのは昨日。牧原大智が借りている事故物件の下宿で、水野勝兵が妖を祓ってから二日が過ぎた夜のことだった。
「……それにしても、お前が兄上の番号を『平安会ご担当者様』なんて名前で登録しているとは思わなかったぞ?」
失笑を堪えつつ、昨晩の一幕を思い出して舞桜が静夜を流し見る。
「僕だって、まさか着信に気付いて画面を見た君が、すぐにそれが星明さんのことだって気付くとは思わなかったよ」
「《平安会》側の窓口を務めるのは兄上だろう? それに、お前の考えそうなことだ。どうせ、兄上の名前を文字で見るのも嫌だったんだろう?」
「……ご明察」
「くだらないな」
「……」
ぐうの音も出ない。しょうもないことをしている自覚はある。でもそれを差し引いてもなお、自分のスマホに彼のいけ好かない名前がそのまま登録されることがなんだか気に喰わなかったのだ。
「とりあえず入ろう」
一歩前に出ると備え付けられたセンサーが反応して、門は自動的にゆっくりと開いていき、静夜たちを招き入れる。
京都支部の設立が決まって以降、この竜道院邸には会合やら呼び出しやらで何度も足を運んでいるため、この大仰な自動開門にもすっかり慣れてしまった。
門をくぐると、決まっていつも数名の使用人が「お待ちしておりました」と出迎えてくれる。と、今日はそこに一人、珍しい顔が混ざっていた。
「……久しぶりだな、月宮静夜」
「……お久しぶりですね、
頭を下げる使用人たちの前に立ち、腕を組んで二人を待ち構えていたのは、竜道院紫安。竜道院才次郎の次男、つまり竜道院星明の弟で、舞桜の異母兄だ。
「勉強の方はいいんですか? 大学受験の結果が思わしくなくて、浪人することを決めたと耳にしましたが……?」
「チッ、余計なお世話だ」
舌打ち。そして八つ当たりするような遠慮のない殺意を飛ばして来る。
聞いた話だと、志望校は兄と同じ京都大学の法学部らしい。最難関と呼ばれるくらいの大学なのだから現役で合格できなくても気に病むことはないだろうと、東大生や京大生を雲の上の存在のように感じる静夜はそう思う。
しかし、身近に本物の京大生がいるとやはりその認識も変わってくるものなのだろうか。
優秀すぎる長男と比べられて、肩身の狭い思いをしているのであれば、静夜も心中を察するところだ。
「……舞桜は、明日が入学式だったな」
紫安は落ち着いた表情になって、今度は妹の舞桜へ向き直る。
「新入生代表として挨拶をするらしいな。……すごいな。頑張れよ」
「……はい。ありがとうございます」
兄からの激励を、舞桜は淡々とした態度で受け取った。腹違いとはいえ、とても兄妹とは思えないほど乾き切った返礼。
舞桜はきっぱりと割り切っているつもりなのだろう。
たとえ血の繋がりがあろうと、自分の姓が未だに竜道院であろうと、舞桜は一門を破門にされ、この家を飛び出し、《平安会》からも
今更戻るつもりはない。残して来てしまった母のことが気がかりではあるけれど。
進むべき道を定め、歩き始めた少女は、振り返らない。振り返れない。振り返ってはいけないのだ。
兄に対するこの態度は、彼女なりのけじめ。
それが分かっているから、初対面ではいきなり、俺の妹を返せ、と静夜に斬り掛かって来た次男も、今はただ寂しそうな笑顔で応じる他にない。
春の新緑と花開いたヤマザクラが美しい敷地内の庭園に、少しだけ冷たい風が吹き込んだ。
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