苦情

 紫安しあんに案内されて、静夜と舞桜は母屋の一室に通される。

 座布団に座り、もてなしで出されたお茶とお菓子には手を付けずにしばらく待っていると、竜道院星明は遅れてやって来て、上座に腰を下ろした。


「悪いね、待たせて」


 軽く手を挙げるだけで挨拶を済ませる。静夜たちは一応客人であるはずなのに、なんとも気安い。

 あくまでもこれは、京都支部の支部長と《平安会》側の担当者による会談なのだから、その立場をおざなりにするのは無礼というものだ。


「……それで? 今日はどういったご用件でしょうか? 改めてのご挨拶は、後日、首席のおわす京天門邸で、ということになっていたはずですが……?」


 静夜はわざと白々しい問い掛けをした。

 誤魔化そうとするような喰えない態度に、兄の下手に座った紫安は、とぼけるな、とでも言いたげに静夜を睨みつける。


 今にも食って掛かろうとする弟を一瞥するだけで抑え、星明は神妙な面持ちを作って話し始めた。


「言わなくても分かってるだろう? 今日は正式に、君たち《陰陽師協会・京都支部》に対して抗議を申し上げる。君たちの活動は、我々《平安陰陽学会》の活動を著しく妨害し、京都の街の秩序を乱している。今一度、自分たちの立場を弁えて行動するように、組織としての方針を見直して頂きたい」


 慇懃無礼にも思える星明の言葉選びは《平安会》の代表者として、組織の意見を代弁したものであった。が、それにしても大袈裟な表現だ。


「……お言葉ですが、妖を祓い、街を清め、人を守ることは、所属する組織の立場や方針以前に、我々全ての陰陽師に与えられた元来の使命であるはずです。私たちはその責務を真っ当に果たしただけに過ぎません。それを妨害だの、秩序を乱しているなどと言われるのは、心外です」


「京都には京都のルールがある。それを蔑ろにして、好き勝手に妖を祓われては、その土地を代々守り続けてきた我ら一族の沽券こけんに関わる」


 毅然とした態度で言い返した静夜に、今度は紫安が怒りを堪えるような声音で反論する。

 続けて星明が、穏やかに諭すような口調でそのあとを引き取った。


「……静夜君、君の言い分はもっともだし、僕だって君たちの行動そのものを非難するつもりはない。でも、昨日までにいろいろな家から僕のところに苦情が届いているんだ。これ以上協会のよそ者に好き放題やらせるなってね」


「……これ以上?」


 話が若干噛み合わないような気がした。


 京都支部が正式に発足して以降、静夜たちが妖と関わったのは、あの牧原大智の事故物件の一件だけのはずだ。それに、あの部屋に潜んでいた妖は、大した脅威のない弱い妖だった。


《平安会》に無断で対処したとはいえ、複数の家から、それも我慢に耐え兼ねたような言い方で抗議されるわれはないように思う。


「とぼけるな!」


 すると、ついに怒りを爆発させた紫安が勢い良く立ち上がり、静夜の目前にクリップでまとめられた資料を強く叩きつけて指し示した。


「四月に入ってから昨日まで毎晩、京都市内の至る所でその土地の管理者に断りもなく妖の討伐が行われている! これらは全てお前たち、協会の陰陽師の仕業だろうが!」


 静夜は畳の上に散らばった資料を拾い上げて目を通す。舞桜も隣からそれを覗き見て眉を顰めた。


 それは静夜にも舞桜にも身に覚えがない、妖の討滅記録だった。


 目撃者の証言によると、術者は男性。身長は175から180センチ。体型はやや細身で、複数の法具を同時に併用する伝統的陰陽術を使用していた、と記されている。

 これらの特徴に当てはまる陰陽師に、静夜は偶然にも一人だけ心当たりがあった。


「……たった四日で20件か。かなりの働き者だな、あの水野という男は」


 舞桜は不適に笑って、静夜も思い浮かべた彼のことを皮肉っぽく称賛した。

 どうやら水野勝兵は、大智の事故物件以外にも、夜な夜な京都の各所で妖を祓って回っていたようだ。それも《平安会》はおろか、自身が所属する京都支部の支部長にすら何も言わず、独断で。


「まさか、支部長である君が知らなかったということはないよね?」


 星明の、全てを見透かしたような視線が鋭く刺さる。


(どうせ分かってるくせに……)


 静夜は舌打ちを堪えて、唇を噛んだ。


「……失礼しました。どうやら、当方所属の陰陽師によるもののようです。彼には私の方から話をさせて下さい。それで今回は、寛大なご配慮を……」


「……うん、分かった。静夜君がそう言うなら」


「ありがとうございます」


 静夜は両手をついて深々と頭を下げる。

 ここで無理にしらを切ろうとするのは愚策だ。《平安会》が組織として正式に抗議をしている以上、裏取りはきちんと済んでいるはず。ここは素直に認めて謝罪しておいた方がいい。


 そして、これは一つの借りだ。

 星明がこの謝罪をすんなり受け入れたということはつまり、しばらくは彼が《平安会》の人たちをとりなしてくれるから、静夜はその間に京都で好き勝手に腕を振るっている水野を大人しくさせる。そういう交換条件を呑んでもらったに等しいのだ。


 自分の言うことを聞く気がない年上の部下に、言うことを聞かせる。それが出来なければ、静夜と京都支部の立場は今以上に悪くなってしまう。世知辛い世の中だ。

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