支部長の憂鬱
『……
「そう、水野勝兵! 特務所属のAランクッス!」
「身長178センチ! 推定体重は60から70キロッス!」
「……少し見ただけでそこまで分かるのか……」
「そういう目を養っているのが忍びなんだよ」
『少しだけ待って下さい。私の方でちょっと調べてみますので……』
「なるはやでお願いしまッス、室長!」
ビデオ通話に映った妖花を横目に、百瀬姉妹はコース料理にはなかった焼き鳥の盛り合わせに喰らい付いている。まさにやけ食いだ。
水野が無造作に置いていった一万円を見て、コース料理以外の品を頼み始めたのは舞桜、ではなく、彼の態度に機嫌を損ねた萌依と萌枝の双子姉妹だった。運ばれてくる料理を次から次へと胃袋の中へ放り込み、怒りに任せて食べ続けている。
(……まあ、お酒の飲み放題もつけずに済んだし、予算の方はなんとかなるかな……)
普段の二人ならここまでの量を軽々と平らげたりはしない。よっぽどさっきの水野の態度が腹に据えかねたのだろう。すぐに自分たちの上司である、
「……ごめん、妖花。忙しい時間なのに、いきなりこんな電話して……」
『いえ、大丈夫です。今日の分の仕事はついさっき片付きましたので』
「今日は、どこに?」
『横浜です。これから中華街でご飯を食べようと思っていました』
どこかの中華料理店の中なのだろうか、タブレットを操作する妖花の背景には、提灯のような中華の赤い飾りが吊るされているのが映り込んでいる。
『今夜はこちらで一泊して、明日の朝には静岡に行きます』
「相変わらず、飛び回ってるね」
『高校はまだ春休みですから』
特別派遣作戦室、というだけあって、妖花の仕事は遠征が多い。静夜がまだ高校に通っていた頃から、土日は泊りがけで仕事に赴くこともよくあった。
それを見送るたびに、静夜はどうしても悲しいような、申し訳ないような表情を浮かべてしまうので、妖花はいつも心配いらないとばかりに笑顔を見せていた。
心配していたわけではない。妖花が強いのはよく知っている。陰陽師としての腕も、人としての心も。
ただ静夜は、自分が不甲斐なくて情けなかっただけだ。妹が忙しく働き回って、頑張っているのに、何も出来ず、また、何もしないでいる、自分が。
今、以前よりも清々しい気持ちで妖花の目を見て話が出来るのは、静夜もようやく妹と同じ土俵に立てたからなのかもしれない。そう思うのは、まだ少しおこがましいのかもしれないが。
それでも、自分にも出来ることができて、頑張れるだけの場所ができて、ほっとしているのも確かだ。
もちろん、これだけで満足していいわけではない。
今後は静夜も、妖花と同じように、結果が求められる。
一人の陰陽師としての戦果。京都支部全体での成果。
少しずつでもそれらを積み重ねて、信頼と評価を勝ち取らなければ、意味がない。
自分は頑張っているからと、努力しているからと、声高に叫んでも、結果を伴わなければそんなものはただの言い訳。愚かなだけ、虚しいだけだ。
無情だ、とは思うけれど。
そういうものだと理解して、割り切って、覚悟をして臨まなければ、きっと誰からも認められない。
心構えはできている。少なくとも、そのつもりだ。
それなのに、最初に直面したこの問題は、今までまともにリーダーや代表といった立場を経験してこなかった静夜にとって、かなり荷が重いものだった。
正直に言うと、どうしたらいいのか分からない。
歳上で、ランクもキャリアも水野の方が上。
加えて彼は、静夜たちとコミュニケーションを図ろうとする意思がないように見える。
そんな人物を相手に、青年はどんな対応をすればいいのだろうか。
「……妖花はどうしてるの? その、……年上とか、目上の人に対してのコミュニケーション」
『うーん……、私は、結構強気な態度で相手と接することが多いかもしれません。話すときは相手の目を真っ直ぐに見つめるとか、語気を強めるとか、……メールのやり取りでも下手に出るような文章にならないようにしています』
「それは、……あんまり参考にならないな」
『はい。むしろこの場合は逆効果になるかもしれませんね』
「かも、じゃなくて、絶対だろ……」
ぼそりと呟いた舞桜は半分呆れ気味だ。
悪い言い方になるが、妖花のこれは、相手に舐められないように、という守りの意識からではなく、少しでも舐めた口を利くとそちらが痛い目を見るぞ、という脅しに近い。
このような態度は、彼女のように実力と実績のある者にのみ許される処世術だろう。静夜が実践したところで効果は期待できない。
むしろ、舞桜の言う通り、水野の性格を考えれば自分より年下でランクも下の人間が支部長の立場を振りかざして何を生意気な、と思われることになるだろう。
『ですが、今回の水野さんは友人でも、学校のクラスメイトでもありません。ただの仕事の同僚です。冷たいかもしれませんが、必要以上に仲良くしたり、仲良くなろうとする必要はない、と私は思います。兄さんは、水野さんとどの程度のコミュニケーションが取りたいと考えているんですか?』
いきなり大人びた発言と、踏み込んだ質問をしてくる。
一瞬戸惑いつつも、静夜は妖花の言うことも尤もだと思った。
「……まあ、それは確かにそうだと思うよ。こっちが変に気を使う必要はないし、僕だって遠慮するつもりはない。でも、やっぱり何かあった時は素直にこっちの指示に従って欲しいから、何かを言う度に反感を抱かれるような関係性だと困る。ちょっとしたお願いとか、もう少しこうして欲しいです、みたいな頼み事も言い辛いし、……少なくとも、僕がいちいちかしこまったり、委縮しないで済むような感じになってくれればありがたいかな」
「……なんだか自分本位だな」
「いいじゃん、別に。支部の誰かが何かやらかした時、《平安会》から苦情を受けたり、怒られたりするのは、結局僕なんだから。少しぐらいはわがまま言わせてよ」
『そうは言いますけど、兄さん? 水野さんが初対面でいきなりそのような態度を取ったのは、兄さんにも原因があるんじゃないんですか? 京都支部への転属を希望する人たちに、支部長の命令には絶対服従すること、なんて条件をつけたのは、さすがに印象が悪いです』
「……」
『京都支部の人員が三人しか増えなかったのも、それが一番の理由なんですから』
妖花の溢した愚痴が正論過ぎて、静夜は反論に困り口を閉ざす。ぐうの音も出ないのだ。
一応、この条件を提示した真っ当な理由はちゃんとある。
百瀬姉妹にも言ったことだが、これは何も、静夜にとって都合のいい人材だけを選ぶための条件ではなく、あくまでも、この京都の街でやっていけるかどうかの適性を見るための条件だった。
この京都での支配者は《陰陽師協会》ではなく《平安陰陽学会》だ。こちらの好き勝手は許されない。活動に対する《平安会》からの妨害もあるだろう。
そのような、決して自分の思い通りに仕事が進まない現場においては、社会や人が起こす理不尽に対して一定の我慢強さや寛大さのようなものが必要になる。あるいはそういう性質を持った人が望ましい、と静夜は考えたのだ。ストレス耐性、と言い換えてもいい。
とにかく、支部長の命令には絶対服従などという理不尽極まりない条件でも、それを呑んで一緒にやりましょう、と言ってくれるような人材が欲しい、と静夜は望んだわけだ。
しかし結果として、それは全候補者の反感を買い、妖花や執行部が静夜の許諾なしに人員を京都へ送り込むという展開となった。
そこで執行部から選ばれた水野にとっては、本人がその転属を望んでいたにしろ、望んでいなかったにしろ、ここでは支部長の命令が絶対です、などと宣う現場指揮官に友好的になれないのは、ある程度は仕方のないことだと言えた。
「……はあぁあ」
静夜は深いため息をつく。
結局、物事は何でも、自分の思い描いた通りには進まないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます