5人目のメンバー
最近は暖かくなってきたとはいえ、やはり四月の夜はまだまだ寒い。昼間は心地よかった春風も、今は凍えて体を冷やす。
大学での勧誘活動を終えた静夜は栞と別れ、萌依と萌枝、そして舞桜を連れだって、京都支部の顔合わせの集いに向かった。
支部長からの重要連絡ということで指定した場所は、
今夜は支部の活動を開始する上で初めて設ける交流の席である。こういう時はファミレスや食べ放題のお店ではなく、お酒を飲めるところにした方がいいのではないか、などと考えて店選びをしてしまったのは、大学生的な安易な思考だっただろうか。
妖花の推薦で派遣されるのが萌依と萌枝の二人だと確定していたら居酒屋でなくても良かったが、機密性を保てる個室の席を予約することができたので、仕事の話をするには適しているはず、と静夜は自己完結して納得することにした。
「へぇ、先輩、結構おしゃれなお店知ってるッスね」
「居酒屋って、もっとがやがやしたのを想像してたッス……」
個室に通されるなり、萌依と萌枝は店内をキョロキョロと見回してそわそわしている。
つい先月まで高校生だったなら、居酒屋に入るのはおそらくこれが初めてだろう。お酒が飲めるわけでもないのに、居酒屋に入っただけで少し大人になったような気分になってしまう感覚は静夜にも分かる気がした。
「……舞桜、悪いけど、今日は予約した時にあらかじめコース料理を注文してある。追加で別の料理を頼むと追加料金を取られるから、今日のところは我慢してもらうよ?」
舞桜はお店の雰囲気など意に介さず、席についた途端にテーブルの端に置かれたタブレットからメニュー画面を呼び出して凝視していた。放っておいたら知らぬ間にお会計が増えていそうなので、静夜はすかさずタブレットを取り上げ元の場所に戻した。
「今日の食事は全額経費で落とすんじゃなかったのか?」
「予算オーバーだよ。君がお昼ご飯をあんなに大量に買わなければ、ちょっとくらいはここで食べても良かったかもね」
「……」
嫌味を込めて言ってやる。非難するような視線を返されても、予算額を決めているのは執行部の人間であるため、静夜は悪びれることなくそっぽを向いた。
「先輩ッ! 先に飲み物だけ頼んじゃいましょうよぉ!」
「先輩ッ! あたしカシスオレンジってやつが飲んでみたいッス! カシオレ! カシオレ!」
萌依と萌枝はテーブルの上に置かれていたドリンクのメニューを見てはしゃいでいる。
「未成年なんだから飲めるわけないだろ?」
「え? でも、大学生になったらみんな飲むって聞いたッスよ? 先輩はどうなんスか? お酒、強いんスか?」
「飲んだことないから分かりません」
「ええ⁉︎ 相変わらずの真面目ッスねぇ。あたしらの高校のバカな男子なんて、卒業式の日の打ち上げで調子にのって派手にリバースしてたって言うのに」
「それは君たちの高校の風紀の問題。僕のところはみんなで健全に焼肉だったよ?」
「……二人は静夜と同じ学校の出身じゃないのか? 『先輩』と呼ぶのにかなり慣れていて、静夜も呼ばれ慣れているように感じたが……?」
「ううん。全然別の高校ッス」
「でも、先輩は初めて会った時から『先輩』って呼んでたッス」
「……それはなぜ?」
「え? だってなんかしっくり来ないッスか? 先輩は『先輩』って感じで」
「……わけがわからない」
さも当然のように語る姉妹に対して、舞桜は顔を顰めて首を振る。
これについては実際に呼ばれている静夜にだってよく分からないことだった。
「でも、大学は先輩と同じところに入れたんだし、これであたしたちは晴れて先輩のちゃんとした後輩ッス! どおですかぁ? 可愛すぎる後輩が一気に二人もできたご感想は」
「……どうって言われても、僕は別に二人のことを可愛い後輩だなんて思ったことないし、どっちかって言うと面倒というか、厄介というか、うざいというか……」
「ええ! もうちょっと大事に思ってくれてもいいじゃないスか、せんぱぁい!」
いきなり猫なで声で甘えられても、今更では気持ち悪いだけだ。
「こら、ふざけるのも大概にしないと、そろそろ最後の一人が来るよ――」
静夜が萌枝を宥めようとしたその時、個室を仕切る障子は唐突に開けられた。
「――全く……、呑気でいいよな、学生は」
立って静夜たちを見下ろしていたのは、若い男性。青年と呼ぶには大人びていて、壮年とつけるには若すぎる。おそらく年は静夜よりも五、六歳上。
「
静夜たちが呆気にとられている間に始まった簡潔な自己紹介。
25歳ということはほぼ間違いなく社会人。着ている服は春に似合わないニットのセーター、しかも高級ブランド《スノーフォックス》の品だ。学生が易々と買えるものではない。
「……お、お待ちしてました。どうぞ座って下さい」
「お前の言うことを聞くつもりはない」
「え?」
あからさまに不機嫌であることを声と表情と目線で示されて、困惑する。
自分はまだ何もしてないはずなのに、胸のあたりがきつく締め付けられるみたいだった。
「今日はこれだけ伝えに来た。お前の指図は受けない。俺は俺で好きにやらせてもらう」
「あ、あの、……とりあえず何か飲み物でも頼みませんか?」
自然と静夜が下手に出てしまう。
水野と名乗った男は、威圧するような態度を変えなかった。
「必要ない。あとはお前らだけで勝手に盛り上がってろ」
水野は財布から一万円札を取り出して、言葉と共にそれをテーブルの上に叩きつける。
「俺の分の支払いはこれを使え。釣りは経費にでも上げとけ。以上だ」
「え、っと、あの、ちょっと!」
踵を返した水野は、静夜の制止も無視して颯爽と店から立ち去ってしまった。
僅か一分にも満たない、あっという間の顔合わせ。
電撃のような登場と退場に、静夜たちはしばらく呆気に取られて固まっていた。
「……な、何? 今の!」
思い出したように声を上げたのは双子の妹の萌枝。少し怒気を込めて店の出口の方を睨みつける。
「あたしたち、喋る暇すらなかったッス……」
姉の萌依はまだ驚いているのか、どこか抜けた声で呟く。
「二人は、あの水野って人、知ってる?」
「知らない! あんな失礼な奴!」
「特務はどこに何人いるかも、よく分かんない部署だし……」
「……少なくとも、お前が望むような人物ではなさそうだな……」
「……そう、みたいだね……」
やっぱりと言うか、案の定と言うか、静夜の嫌な予感は的中してしまった。
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