特派

「……はぁあ。妖花の特派とくはが羨ましいよ。みんな同性で同年代で仲も良くて、いざという時の連携もバッチリなんだからさ」


 静夜は昨年の夏の出来事を思い返していた。京都で迎えた初めての夏休み。とある作戦に突然召集されたアルバイト陰陽師は、そこで初めて半妖の陰陽師が率いる特別派遣作戦室の力を目の当たりにした。

 ほとんど荷物持ちのような立場で作戦に参加していた静夜にとって、彼女たちは理想的なチームに見えた。


「何言ってるんスか? 先輩だってれっきとした特派の一員ッスよ?」

「去年の夏も、先輩は大活躍だったじゃないッスかぁ、主にみんなのパシリとして!」


「……」


 あの時は、女性ばかりの空間にポツンと男が独りで混ざるとどのような扱いを受けるのか、身をもって実感したものだ。圧倒的女性比率の前では、男性に発言権などないに等しい。


「……特派は全員、女なのか?」


 話を聞いていた舞桜が、意外そうな顔をする。理事会直属の組織で、特別派遣作戦室などという大仰な名前が付いているせいか、何か勘違いしているのだろう。


「そうッスよ? 特派は先輩が来るまで乙女の園。男子禁制の最強美少女軍団だったんスから!」


 自分で言っているくせに、美少女というところも含めてあながち間違っていないところが、何だか釈然としない。


「……特派は、協会のどこの部署にも扱い切れないって匙を投げられた女性たちばかりが集められた、最恐の問題児集団なんだよ」


『……あの、兄さん、その問題児の部分には私も含まれているんですか?』


「……」


『そこで黙らないで下さい!』


「まあまあ。室長の場合は仕方ないって。室長みたいな規格外の戦力は普通の部隊じゃ扱いに困るし」

「それに室長は、誰かに使われるより自分が部隊を率いてのびのび戦った方が絶対にいいッスよ! その方が似合ってるし」


『……そういうお二人は、自分たちが問題児呼ばわりされたことを否定しなくてもいいんですか?』


「え? それはまぁ、自覚あるしぃ?」

「ロクに上司からの命令守ったことなかったしねぇ、里に居た時も協会に入ってからも……」


「……その調子で、静夜の命令は守ると約束できるのか?」


「ん? ああ、それは大丈夫ッス! 先輩の命令なら、今までの上司たちのよりは数倍マシだと思うッスから!」


「信頼してますよぉ? 先輩ッ!」


「……」


 信頼されているというより、舐められているような気がして、これも何だか釈然としなかった。


「で? そんな女だけの部隊に、どうして静夜は入れたんだ? 妖花がいたからか?」


 食事のペースを落とすわけでもなく、舞桜は質問を続けた。妖花はこれに少し自慢するような声音で答える。


『はい。兄さんの所属については、私が理事会に無理を通して力づくで特派に引き込んだんです』


 静夜が京都の街で仕事を受けると決まった当時、協会内では彼の名目上の配属先が大きな問題となっていた。


《陰陽師協会》の陰陽師を初めて京都の街に送り込む。上手く行けばそれは、京都における《平安会》の支配を揺るがす足掛かりとなり、静夜が所属する部署は大きな戦果を挙げることとなる。

 逆に失敗すれば、責任は彼が所属する部署にも跳ね返って来る。


 何の実績もなく、実力も不明な青年を仲間として迎え入れるか、他に押し付けるか。静夜の人事をめぐっては、様々な部署や作戦室が執行部や理事会、時には静夜本人も巻き込んで、壮絶な駆け引きを繰り広げていた。

 そこに、静夜の妹である妖花が待ったをかけたのだ。


『……そもそも私は、兄さんが京都で仕事をするに対して反対でした。ですが理事会は、絶対に兄さんに仕事を受けさせるつもりのようでしたので、だったらせめて、連絡役は私に、所属も私の特派にするように、と条件を出したんです』


「……そこについては、僕も感謝してる。おかげで仕事はやりやすかったし、舞桜の一件があるまで、《平安会》にもバレずにやり過ごせていた。京都支部発足の準備に関しても、いろいろと手を回してくれたみたいで、本当にありがとう」


 ちなみに、静夜がこれまで非正規雇用のアルバイトという形で仕事に携わっていたのも妖花の発案だったりする。

 アルバイトであれば、静夜が仕事に対して過度に責任を負ったり感じたりする必要が無くなり、もしも《平安会》に工作活動が露見した場合でも、協会との繋がりが薄い非正規の人員であれば、重い処分は免れられるかもしれないと考えたからだ。


《陰陽師協会》のせいで兄の学生生活が脅かされるわけにはいかない。


 妖花は妹として、静夜の身を案じ、将来を想い、彼女の立場と力で出来得る限りの手を尽くしてくれたのだ。


『……い、いえ、本当に、アレはただ、兄さんが心配で私が勝手に気を回しただけなんですから、本当に気にしないで下さい』


「気にするよ。だって、アレは結局、僕のわがままだったんだ。だから、ごめん、心配させて。でも、ありがとう、気を遣ってくれて」


 静夜は、《陰陽師協会》が仕事を押し付けて来ることを分かっていながら、京都の大学への進学を決めた。独り暮らしをするために京都の街へと引っ越した。そして思った通り、協会は静夜に声を掛けて来た。


 だから、謝罪も感謝もちゃんと言葉にして伝えなければ不義理だ。筋が通らない。これからも迷惑をかけることになるなら、なおさらに。


 静夜が改めてそれを伝えると、言われた方は照れくさいのか、頬を仄かに赤く染めてビデオ通話のカメラから顔を背けてしまった。何かを誤魔化すように、タブレットをスクロールして調べ物を進める。


「あ~あ、いいなぁ。あたしたちも最初から室長の下で働けてたら、あんなに部署を転々とすることもなかったのに」


 萌依はグレープフルーツジュースのストローを加えながら、遠い目をしてため息を溢す。


「……そう言えば、あまり聞いたことなかったけど、この二人って特派に入ってからはどうなの? 相変わらず仕事をさぼってばかりじゃないの?」


 忍びの隠れ里にいた頃から、萌依と萌枝の姉妹は依頼される仕事はおろか、日々の鍛錬や修行、さらには中学校での授業ですら大人たちの目を盗んで疎かにしていることがよくあった。

 周囲からは不真面目だ、いい加減だと揶揄されていたが、やれば大抵のことは何でも出来てしまう器用な姉妹だ。忍者としての腕も、学生としての成績も文句の付けのようがなかったので、親や親戚、教師は何も言えず、言っても姉妹には聞く気がなかった。協会に入ったあとも、この悪癖のせいでどこのチームにも馴染めず、結局問題児扱いされて特派の一員に選ばれたと聞いている。


 妖花の部下とは言え、この二人が心を入れ替えて、真面目に仕事に取り組んでいるとは思えなかった。


『えっと、そんなことはない、と思います。私は特派に入る前のお二人を知らないので、比較することはできませんけど、最低限の仕事はちゃんとして頂いています。……ただ、特派での仕事はその性質上、各地での作戦の全てを私が監督しているわけではありませんので、あくまでも私の目の届く範囲では、という話になりますが……』


 妖花の言葉選びが少し頼りないので、静夜は訝しむように目を細める。


「……確かに。特派なら上司の目を気にしなくていいから、ある程度のびのびやれるかもね。一生懸命やるのも、手を抜くのも本人の裁量次第。この二人にとっては快適な環境か……」


 ある意味、大学と同じようなところだ。全ては当人のさじ加減。課題やレポートなど、求められたことさえきちんとこなせば、大きな問題は起こらない。

 加えて、室長が妖花であるという点も、百瀬姉妹にとっては気楽に仕事が出来る要因になっているのかもしれない。

 ランクや実力は自分たちより格上でも、年は一つ下で同性。しかも知り合いである静夜の義理の妹。噂に聞く半妖の陰陽師とはいえ、身構えるような理由はなく、むしろ親しみやすらすら感じただろう。


「……まさか、自分たちに都合のいいことだけ報告して、それ以外は秘密にしてるとか、内々に処理してなかったことにしてるとか、そういうことはないよね?」


「ちょッ! いきなり何言い出すんスか、先輩ッ!」


 突然あらぬ疑いをかけられて、萌枝が口にしていたオレンジジュースを噴き出しかける。


「さ、さすがにそこまでのことはあたしたちでもやらないッスよ?」


「じゃあ、そこまでじゃないことは、そこそこやってるってこと?」


「あ、揚げ足を取るとかずるいッス……」


 言い澱むところがかなり怪しい。


「二人は嫌がるかもしれないけど、残念ながら京都支部では特派と違って、作戦のほとんどを僕が監督することになると思うから、くれぐれも手を抜きすぎないように。度が過ぎるようなら罰則を科すからね」


「……は〜い。分かったッスよ、先輩」


 不承不承という感じで、姉の萌依は頷き、


「……別にいいじゃないッスか、ちょっとくらい。……誰かに指図されて動くとか、性に合わないんスよ、あたしたち……」


 妹の萌枝は頬を膨らませて、誰にも聞こえないような小声でぼやく。


 気持ちは分からないでもないが、それを許してしまうときりがないので、ここは我慢して、先輩の顔を立てて欲しいところである。


『……もしかしたら、その水野勝兵さんという方も、そうなのかもしれませんね』


「……そうって、何が?」


『人に何かを強制されるのが嫌なんじゃないかということです』


 スマホの画面に映る妖花の方へ目をやると、先程までタブレットを操作していた手が止まっている。


「……何か分かったみたいだな」


 舞桜も食事の手を止めて、妖花の方へと目をやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る