雷獣
雪女はさらに妖力を高めて強い冷気を纏う。それが白煙となって足下から広がると、妖気にあてられた他の妖たちは我を失ったように自身の妖力を無秩序に暴走させ始め、凶暴さを増し、糸に繋がれた操り人形の如くきれいに統率された不気味な動きで、一斉に星明に襲い掛かった。
「――月宮流陰陽剣術、六の型、六連、〈
援護のために、静夜が刀を振るう。
夜鳴丸の呪詛が空気を撫でて、軌跡は衝撃となって放たれた。それを六連。六度続けて押し寄せた衝撃波は、まさにすべてを飲み込む津波となって駆ける妖たちを押し流した。
「へぇ、そんな応用もあるのか……」
「呑気なことを言ってないで、早く本命を仕留めて下さい!」
苛立ちを見せる静夜に対し、ゆったりと構えた星明は、雪女の頭上を指し示す。
「大丈夫。心配しなくても、既に仕込みは済んでるよ」
白い雪に交じって、数枚の呪符が宙に舞っている。
星明の手にする錫杖は、黄金の稲妻を宿して輝いていた。
「――鏡鳴せよ、〈
詠唱と共に法力を込めて、錫杖を雪女の頭上へと投げる。雷光が一枚の呪符に吸い込まれると、雷を纏った錫杖の像は、他の呪符にも写し出された。密度の高い法力によって先端が鋭い矢と化した切っ先は全て雪女に向けられて、逃れられるような死角はどこにもない。
無数の錫杖は、雪女の四肢の関節を串刺しにして動きを封じ、腹部や胸部に突き刺さり、最後の一撃が脳天から体の中心を貫いて風穴を開ける。
声も出せなくなった雪女は雪の降る夜空を仰いで倒れる。風も収まり、不気味なほどの静寂が辺りを支配した。
「……終わったの?」
「いや、まだだ」
これだけの猛攻を受けてもなお、気配はまだ完全には消えていない。
新しい錫杖を取り出した星明は、警戒を捨て切らない慎重な足取りで、ゆっくりと雪女の方へ歩み寄った。
彼女の首元へ錫杖を向け、己の優勢と覆られない汝の敗北を突き付ける。
それでも、生前本能に駆り立てられた雪女は最後の力を振り絞って決死の抵抗を試みた。
雪山全てに響き渡りそうなほどの絶叫が、冷気となって駆け巡る。
雪女の叫び声を聞き、冷気に呑まれた妖たちは、今まで森の中で息を潜めていたものも新たに姿を現して、偽りの主人を守るために引きずり出される。
静夜は、もう一度剣術を繰り出そうとして夜鳴丸を構えるが、雷を蓄えるようにして光る星明の錫杖を見て、援護の必要はないと悟った。それどころか、――アレは不味い。
素早く栞の元へ戻った静夜は九字の印を結んで結界を張り直す。
「――〈
妖の群れが雪女ごと星明を呑み込む。あれだけの物量に押し潰されては、普通の陰陽師ならひとたまりもないだろう。しかし星明は、涼しげな顔で敵が押し寄せて来るのをじっと待っていた。
月も星もない夜空に、光が走る。
「――神雷を纏いて四方へ
錫杖を地面に叩きつけ、シャランと優美な音が鳴る。
その音に呼ばれて天より落ちた
落雷の威力、衝撃、速度は、星明に襲い掛かった妖を悉く焼き殺し、吹き飛ばし、祓い清めて、滅却した。
『――――――!』
当然、落雷の直撃を受けた雪女の断末魔の絶叫は、雷鳴に掻き消されて誰の耳にも届かない。歪に変形してしまった彼女の器は完全に破壊され、中身の妖力ごと焼き払われる。
幻獣の幻影が駆け抜けた後には何も残らず、ただ圧倒的な力の差を見せつけた勝者だけが、陰陽師の矜持をそこに体現していた。
星明の圧勝だ。
「……ふむ、さっきの攻撃でもその結界は破れなかったか」
「……やっぱり、僕たちごと消し飛ばすつもりだったんですね」
怒りを露わにして星明を睨む。
静夜の張り直した結界は先程の攻撃をなんとか凌いで、栞と彼自身を護り切っていた。
「結界の強度は以前よりも増しているようだね」
「今の栞さんには鈴の加護がないんですから、いつもより気合を入れて結界を張るのは、この作戦に賛同した以上、当然の義務です」
静夜はもう一度、周囲に妖がいない気配を探る。
「……栞さん、もう大丈夫そう?」
「……うん、ウチは何にも感じへんけど……」
それを聞いて静夜はほっと胸を撫で下ろし、結界を解いた。
「三葉さんも鈴に張った封印の呪符を剥がしていいよ。協力してくれて助かった。本当にありがとう」
「そんな、……ウチはほんまにここに立っとっただけやさかい……」
「それが一番重要な役割だったんだよ。あれだけの数の妖をここに集めることが出来たのは、間違いなく三葉さんのお陰だ」
「でも、あんな広範囲に撃てる必殺技があるなら、何も僕たちが手伝う必要はなかったんじゃないですか?」
懐疑的な目を向けるのは静夜だ。
確かに星明の言う通り、妖を狙った場所におびき寄せることが出来たのは栞の持つ強い霊感のお陰だ。だが、あの最後の〈麒麟〉という術で周辺の妖を一気に倒すことが出来るなら、少なくとも静夜が露払いを買って出る必要はなかったはずだ。
ささやかな劣等感も込められた静夜の指摘を受けて、星明は謙遜するように笑って答えた。
「必殺技だなんて大袈裟だよ。あの技は見かけは派手だけど実はそんなに射程が広くなくてね、十分に敵を引き付けてから撃たないと、最大の効果は発揮されないんだ。今回あれだけの妖を
「あの状況下で、その最大の効果とやらを狙える余裕があるってだけで十分にすごいと思いますけどね……」
ぼそりとそう呟きながら、静夜は、星明が〈麒麟〉を落としたその場所を横目で確認した。
雪で白銀に染まった森の中に、ぽっかりと空いた奇妙な黒い穴。積もった雪は溶けて蒸発し、地面は抉れ、焼け焦げたようなにおいが漂って来る。
〈麒麟〉。広範囲に電撃が広がるといっても、それはただのおまけというか、追加効果のようなもので、本命はおそらく最初の落雷による一撃に尽きるのだろう。
あの落雷の直撃を受けていたら、静夜の結界は呆気なく壊されて、中にいた彼も栞も全身が焼け焦げて絶命していたに違いない。
いや、もしかしたら、あの雪女と同様に骨すら残らず焼き尽くされてしまうのかも。
一対一の決闘を戦ったといっても、彼の実力はまだ、底が知れなかった。
「……はぁあ」
考えただけでも嫌になる。静夜はかぶりを振って、暗い森の中へ一人で歩き始めた。
「……静夜君?」
「ここでの用は済みました。早くホテルに戻りましょう。妖花たちが心配です」
「方角が分かるのかい?」
まだ夜明けには早い。星明が試すように問うと、静夜は迷わず「ええ」と頷いた。
「先程から妙な胸騒ぎがします。護心剣がうるさいんです。おそらく、妖花の身に何かあったんだと思います」
静夜の体内に祀られている〈護心剣〉と、妖花の持つ〈覇妖剣〉。対を成すこの二振りの霊剣は、人には分からない霊的な次元で強く繋がっているとされている。
その霊剣が、持ち主である静夜に先程から何かを訴えかけていた。
嫌な予感がする。
このホテルに着いて、《スノーフォックス》の紋様を見た時からずっと感じていた悪い予感。
妖花が、そして、静夜たち家族がずっと目を逸らして来た事の真相が、もし明かされるのであれば、それが妹を悲しませないものであって欲しいと、兄は強くそう願わずにはいられなかった。
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