第6話 雪舞う夜の雷鳴
おとり作戦
仕事柄、夜の暗闇には慣れている。
陰陽師の仕事は、基本的に夜だ。妖は夕刻から夜明けにかけて、活発的に動き出す。
それを狩る陰陽師は、夜目が効かなくては話にならない。
白い雪の舞う夜は、白銀の世界が雲のすき間から差し込む微かな月明かりさえも弾いて輝きを放ち、それはいつもより随分と明るい夜に思えた。
静夜は、木々の陰に隠れて息を潜め、開けた空間に一人で佇む栞の様子を注視している。彼女の手には、普段は簪に付けられている〈厄除けの鈴〉が『封』と刻まれた呪符に包まれた状態で握られていた。
結局、静夜は星明の提案に乗ることにしたのだ。
強い霊感を持つ栞を
妖花の実の父親である雪ノ森冬樹が遺した『フォックスマジック』を、己の利益とビジネスの為に利用した雪ノ森の一族や、それに手を貸しているであろう《陰陽師協会》の研究室がどうなろうと、静夜にとってはどうでもいいことだ。
しかし、《スノーフォックス》のスキーウェアを収集し、力を蓄えているであろう妖をこのまま放置しておくわけにはいかない。
静夜たちが無事にホテルに帰り着くためにも、障害となりそうな妖を一網打尽にして排除することは、堅実な選択にも思える。
そして何より、栞自身が「やる」と、確固たる決意のもとで星明の作戦を了承したことが、決め手となった。
彼女を護る〈厄除けの鈴〉がどのような判断で、三人を雪崩に巻き込ませたのかは分からない。だがこのような状況になることを回避しなかったということはつまり、静夜と星明の二人ならば、ここに巣食う妖たちに
分からない。ただ、仕掛けると決めた以上はもう引けない。
栞の強い霊感は、周辺を蠢く妖の気配を的確に捉え、奴らを誘う。
曖昧な自分を見つけてくれる存在。不確かな自分を分かってくれる存在。
そんな存在に見られていると気付いた妖たちは、本能的に、己が現世に留まるための器を求めて動き出す。
三葉栞が、己の存在を晒してからわずか数分。
四方から
力の封じられた〈厄除けの鈴〉を強く握り締め、恐怖を必死に押し殺し、自分を守ると約束してくれた陰陽師の言葉を信じて、決してそこから逃げ出そうとはしない。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 〈堅塞虚塁〉、急々如律令!」
静夜の結界が栞を包み込んだ。妖の侵攻は見えない壁に阻まれて、間合いに入る手前で妨害される。
木の上から、その様子を見下ろしていた星明は、姿を現した妖の数と力の総量を測って、目を見張った。
想定していたよりも、妖たちの力が強いのだ。おそらく、静夜の結界だけではすぐに破られる。
呪符を構え、法力を込めて投げようとしたその時、星明は今度は別の驚きのために再び目を見張った。
静夜の結界は、栞に飛び掛かる妖の攻撃を完璧に防ぎ、一切の危なげもなく圧倒的に、その強度を誇って堅牢さを示していたのだ。
「――〈天雷〉」
続いて、天より轟く六つの雷鳴。有象無象の妖たちの中でも特に身体の大きい六体を強力な特殊弾の一撃で消し飛ばし、月宮静夜は栞を囲む結界の上に着地して、集まった妖たちを睥睨する。
「……」
右手にはリボルバーから持ち替えた複列式の自動拳銃、.357マグナム。左手には、逆手に抜いた小太刀、夜鳴丸。
金属の光沢は雪に反射した月明かりを受けて鋭く光っていた。
「……静夜、君?」
頭上を見上げて、栞は思わず彼の名を呼ぶ。
静夜はそれに答えて足下に目をやり、彼女の顔を見返した。
「……」
されど何も答えず、何も言わず、表情を変えることさえなく、静夜は夜鳴丸の刀身に藍色の霞を纏わせて、拳銃のスライドを引き、弾丸を込めた。
目にも止まらぬ一太刀が、腕の長いサルのような姿をした妖の首を斬り落とす。
敵陣の只中に飛び込んだ静夜は、続けて周囲に銃弾を撃ち放ち、呆気に取られた妖たちを祓い清めていく。
イノシシの姿をした妖が反撃すべく突進を仕掛けるも、静夜は体勢を低くして構え、夜鳴丸の切先で妖の眉間を突き刺した。
「――〈
唱えて一閃。小太刀から放たれた呪詛はイノシシの頭と胴体を貫通して、さらに後ろにいる妖まで刺し穿ち、霞に変える。
その隙に、静夜の背後から鋭い牙を突き立てんとして飛び掛かったウサギの妖は、右の拳銃に撃たれて地に落ち、絶命する。静夜はウサギの方を一切見てはいなかった。
「……す、すごい」
彼の背を見て、栞は思わず感嘆を溢す。
鳴り響く銃声。軌跡を描いて流れる刀身。彼の通った後には妖が一体も残らず消え失せていく。相手が人ではなく妖であったため、白銀に染まった雪の世界を血の赤で汚すことがなかったのは、せめてもの救いと言えるかもしれない。それほどまでの無双ぶり。
星明も、しばらくは手を貸すことも忘れて、静夜の戦いぶりに見入っていた。
少し、認識を改める必要がありそうだ。
昨年の大晦日の夜。星明と決闘をした時の静夜は、正直に言って期待外れだった。
技や術の練度や戦術、月宮流陰陽剣術の力は及第点と言えるものであったが、星明はそれを容易くあしらうことが出来た。
月宮静夜と竜道院星明の二人には、それだけ決定的な実力差があるのだ。
しかし、今目の前で一騎当千をなして妖たちを薙ぎ倒す静夜には、目を見張るものがある。
栞の気配に誘われて姿を現した妖たちは、決して強い部類の妖ではないものの、簡単に倒せてしまう程の弱い妖たちでもない。それが、下手をすれば100にも届きそうな大群で押し寄せてきている。たった一人で立ち向かえるほど、易しい戦況ではないのだ。
それを今、静夜は少しも臆することなく、妖を斬り裂き、撃ち抜き、破竹の勢いで仕留めていく。
動きには一切の淀みがなく、洗練されて、美しいと思わず見入ってしまうほど。
星明が手を貸したり、口を出したりするような綻びはどこにも見当たらなかった。
さもありなん。
なぜなら、静夜は一対一の果し合いよりも、一人で複数を相手にした乱戦の方が得意なのだ。
そもそも、月宮流陰陽剣術は集団戦に向いている。
戦国乱世の時代に発展を遂げた月宮流陰陽剣術は、何千、何万の兵が入り乱れる戦場で屍の山を築いたと言われている。
刃毀れしない刀身。鎧をも斬り裂く切れ味。一撃必殺を可能とする呪詛。それら全ては、現代の月宮流陰陽剣術にも残り、引き継がれている。
そして、静夜が握る小太刀〈夜鳴丸〉は、現代陰陽術を基軸とする彼の戦い方と相性がいい。
今宵、月宮静夜は、自身のスタイルが最大限に効果を発揮する戦場で、彼本来の躍動を見せているのだ。
とはいえ、いつまでも自分の思い通りの展開が続く戦場はどこにもない。
ほんの些細なきっかけで、形勢は崩れ、一気に瓦解する。
大きく踏み込んだ横薙ぎの斬撃を躱されて、静夜の動きに隙が生まれた一瞬、それを見逃さなかった妖が背後と左右から同時に仕掛けて来たのだ。
対処は間に合わない。どうすることも出来ない静夜は不服そうな顔で、木の上に立つ星明に目線だけで救援を求めた。
「――
星明は一度に三枚の呪符を投げ、術を複製して同時に三体の敵を討つ。
静夜は刀を躱した正面の妖を拳銃で撃ち倒すと、別方向からの追い打ちを結界で防ぎ、もう一度星明を睨んだ。
「いつまでそこで見てるんですか? そろそろ手伝ってください」
「……ふふふ、そうだね。それに、ようやく本命もお出ましだ」
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