屈辱
星明の言葉を受けて、会場は騒然となった。
高見の席から星明たちを見下ろしていた蒼炎寺家の当主や、《平安会》の首席、京天門國彦も後ろに控える護衛兼給仕係の陰陽師と何やらこそこそ話を始める。
唯一、竜道院羽衣だけが、愉快そうに恍惚とした笑みを浮かべていた。
「……どうだろうか、妖花さん。これは君にとっても悪い話ではないと思うけど?」
「……」
問われて妖花は口を噤んだ。
確かに、このまま兄が京都を追い出され、大学にも通えなくなってしまうのは、妹として心苦しい。出来ることなら、自分がこの決闘で勝ち取った京都支部のどこかの席に、兄をねじ込んで京都に残ってもらいたい。
それが、義理の妹、月宮妖花の本音だった。
「……で、ですが、配属先を決めるのは《陰陽師協会》の理事会や執行部です。私の一存でそのようなことをお約束するわけには……」
「しかし、京都に支部を置く以上、我々《平安陰陽学会》との付き合いは大切にしてもらわないと困ります。我々を蔑ろに出来るとは思わないで頂きたい。……そうなると、京都支部には、私たちと十分なコミュニケーションがとれる人材が必要になると思いますが、静夜君は今年の春から京都で独り暮らしをしているし、我々との知己も既に得ている。彼以上の適任者が他にいるとは思えません」
「そ、それは……」
「理事会の方々にも不都合はないでしょう? 彼の実力は先程の決闘で見せて頂きましたが、京都支部の支部長を名乗るには十分な力だと思います。それでも理事会が反対するようなら、彼が支部長でなければ京都支部の設立は認めない、と言ってやってください。もちろん、僕の名前を出しても構いません。僕は、彼の率いる京都支部となら良い隣人関係が築けると確信しています。……他の皆様も、如何でしょう?」
星明は最後に、屋敷に集まった陰陽師たちに了承を求めた。
当然、京都支部の設立を快く迎え入れる陰陽師など、《平安会》には誰一人としていない。
だが、決闘の結果として京都支部の設立が避けられない状況となった今、星明の提案は、彼らにとって最もマシな妥協案に映った。
加えて、決め手となるが、彼の言葉だ。
「改めて申し上げますが、何かあった場合の責任はすべて、私、竜道院星明が負いましょう」
胸を張り、自分に任せろと言わんばかりの堂々たる立ち振る舞い。
その自信に、態度に、最初は難色を示していた陰陽師でさえも、最後には首を縦に振り、星明の提案を受け入れた。
《平安会》の首席、京天門國彦も、蒼炎寺家の当主、蒼炎寺真海も、静夜を支部長とする京都支部の設立には異を唱えるつもりがないようで、そのまま沈黙して事の成り行きを見守っている。
あとは、妖花が頷き、理事会に伝言すると約束するだけだ。
妖花は複雑な表情で、後ろにいる兄に振り向いた。
静夜は座ったまま、唇を噛み締め、固く口を閉ざし、憎しみと怒りと悔しさと、虚しさを込めた瞳で、脚光を浴びる彼を見ていた。
屈辱だ。
これ以上の辱めはない。
本当なら、すぐにでも「ふざけるな!」と叫んで奴を殴り飛ばしてやりたいほどだ。
静夜の実力なら《京都支部》の支部長に相応しい?
彼となら良い関係を築ける?
責任はすべて自分が負う?
そんな話はただの方便だ。
静夜は負けた。一対一の決闘で、月宮静夜は、竜道院星明に敗北したのだ。
それが静夜の実力だ。
決闘の勝利を返上したところで、事実は消えない。静夜が倒れた光景は、この場にいた全ての陰陽師たちが目にし、記憶している。
責任を負うと言った星明より、実力で劣る静夜がトップを務める京都支部。何かあれば、支部長より強い星明が何とかしてくれる。説得力は十分にある。
さらに、《陰陽師協会》は実力主義の集団である。
今まで京都でのスパイ活動以外、特に目立った成果をあげて来なかったアルバイト陰陽師の静夜に、いったい誰が付き従うというのか。
トップがアレなら、部下になる陰陽師もたかが知れている。
《陰陽師協会》全体ならいざ知らず、京都支部だけなら、大した組織にならないだろう。
そんな嘲りと侮蔑が、既に静夜を嗤っている。
しかし、静夜は何も言わない。何も言うことが出来ない。
決闘に挑み、負けた彼には、自分の意見を述べる資格などないのだから。
もし、静夜が星明に勝っていれば、彼は大手を振って《京都支部》の支部長になることだって出来た。京都に残る権利を自らの手で獲得し、胸を張って仕事と任務を引き受けることが出来た。それを、自分を負かした相手から与えられるなんて、最悪だ。
これも、星明の策略なのだろう。
舞桜が妖花に負けた時の事を考えて、予め静夜に決闘を挑んでおいた。あとは自分が圧倒的な実力差を見せつけて、勝てばよいだけ。
それに、京都支部が作られることになれば、妖犬の騒ぎや舞桜の憑霊術の一件で非難を受けていた竜道院家から、他の陰陽師たちの注意を逸らすことが出来る。
その上で、竜道院美春と、竜道院舞桜を互いに人質として生かしておけば、当分の平静は保たれるだろう。
自分の義理の母と、腹違いの妹を交渉の材料としか見ていない、彼の考えそうなことだ。
「……はあぁ」
と、静夜は大きくため息をつく。胸に渦巻くすべてを吐き出し、爆発寸前だった心臓を落ち着ける。
彼にはただ、首を振って、妖花に合図を送る事しか出来なかった。
完敗だ。静夜はそんな顔をしていた。
「……分かりました。理事会へは、私からその様にお伝えします」
妖花は複雑な表情のまま、コクリと頷き、刀に掛けていた右手をようやく降ろした。
大晦日の夜が更け、一年が終わりをつげ、過ぎて行く。
しばらくすると除夜の鐘が鳴り響く。
一つの終わりは、同時に新たな始まりを告げて、天に輝く星は止まることなく動き続ける。
どこからともなく現れた黒い雲に、か細い月の光は隠されて、静かな夜は闇に落ちて沈んでいった。
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