攻防

 ――ドン!


 集まった全員が傾注する。広い闘技場を一望する観覧室に三大門派の親方たちが揃ったのだ。


 蒼炎寺一門の蒼炎寺真海。

 京天門一門の京天門國彦。

 竜道院一門は、病欠の竜道院勲に代わり、竜道院羽衣。

 彼ら三人が今夜の決闘の見届け人となる。


 その観覧席の下では、進行役を任された蒼炎寺家の三つ子がマイクと太鼓を持って、会場が鎮まるのを待っていた。


 ドン、と次男の健海が太鼓をたたくと、三つ子が揃って一礼する。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。今夜の進行を任されました、蒼炎寺健心でございます」「同じく、蒼炎寺健海です」「健空です」


「年の瀬の、それも大晦日の夜に、京都を守護する我ら《平安陰陽学会》がわざわざ集まりましたのは、他でもありません!」「皆様も事情は承知のことと存じます」「不要な経緯の説明は省きまして、早速、決闘に移りたいと思います」


「「「それでは両者、前へ!」」」――ドン!


 太鼓の音と共に、中庭や闘技場にたむろしていた人たちは周囲を囲んで並べられた席へと移る。


「……じゃあ、行って来るね」


 先に決闘を行うのは静夜。見送る栞は不安をかき消すように笑って見せた。


「……頑張ってね、静夜君」


「うん。ありがとう」


 隣の妖花は最初に何かを言おうとしたがそれを呑み込み、渦巻く想いをすべてしまい込んで、優しく穏やかな、それでいて力強い表情で兄を見上げた。


「……ご武運を」

「……うん」


 静夜は頷き二人に背を向ける。


 人が捌け、開けた演舞用の闘技場。正面には堂々と佇む竜道院星明が静かに静夜を待ち構えていた。


「それでは決闘の条件を確認します」


「使用する武具、法具は自由。殺傷は禁止。どちらかが降参を宣言するか、我々が続行不可能と判断した時点で勝敗を決することとします」


「静夜様が勝った場合、《平安陰陽学会》は竜道院美春様を《陰陽師協会》にお預けし、静夜様の京都滞在を大学卒業まで無条件で認めることとします」


「星明様が勝った場合、静夜様は大学を退学。京都の街からは永久追放といたします」


「なお、進行を務めます我々三人は、誇り高き《平安陰陽学会》の名の下、公正公平な審判を下すことをここに誓います」


「お二人共、以上の条件に間違いはございませんでしょうか?」


 三男の健空が最後を締めて確認を求める。事前に擦り合わせた内容と相違はなかった。


「間違いありません」「問題ありません」


 星明と静夜がそれぞれに答える。用意された誓約書に署名すると、審判は主審の健心を中央に残して健海は南東の隅、健空は南西の隅へ下がる。

 相対する二人は東西の所定の位置に着く。


「……静夜君、実を言うと、僕は以前から君と手合わせしてみたいと思っていたんだよ」


 嵐の前の静寂。語り掛けたのは星明だった。


「業界の中では、妹さんの方が有名かもしれないけどね、僕は君という人間に興味があった。ずっと注目していたんだよ。……だから、今日が楽しみで仕方なかった」


 爽やかで無邪気な表情。先日見せた恐ろしいほどの才覚と狡猾な雰囲気は影を潜め、今の星明は本当に純粋に、目の前の正々堂々の一騎打ちに心を躍らせている好青年だった。


「もしかしたら、君も、そうなんじゃないかな?」


 星明は期待の眼差しを向ける。静夜はしばらく考えて、正直に答えた。


「……ええ、そうですね。僕も楽しみにしていました」


 右手に愛用の銃を取る。


「やっぱり、僕と君は、気が合うようだね」


 星明は錫杖を構え、腰を落とした。


 闘技場があるのは山の中腹。京都の喧騒と街灯は遠く、夜空の星は近くて明るい。


 ふと上を向くと、真っ暗な二階の部屋の窓から、竜道院舞桜が眼下の闘技場を見下ろしていた。

 目が合って、舞桜も静夜に気付く。


 これは、すべての陰陽師たちが注目する、今年最後の大一番。

 開始を告げる太鼓の鼓動が、ドン! と轟き、天地を揺らす。その鳴動が静まった時、二人の気迫は力へと変わった。


「「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」」


 開幕は両者の早九字。左手で素早く虚空を切り、法力をそのまま相手へぶつける。力の奔流は二人のほぼ中間で衝突し、凄まじい衝撃が周囲に広がった。


「え? 何⁉」


 砂ぼこりが舞い、席に座っていた栞は顔を覆う。


「これは、陰陽師たちがよく行う、単純な力比べです。結果が互角なら、二人の〈法力の最大値〉に大きな差はないということになります」


「本当にどこまでも気が合うね」


 星明はさらに楽しそうな笑みを深め、錫杖を握る手に力を籠める。静夜は無言のまま銃口を向けた。


 ――バン、バン、バン、バン!


 肩、足、首、頭、それらを狙った四発の弾丸を、星明は見事な錫杖さばきで防ぎ切る。

 突撃を仕掛ける星明。静夜の迎撃も躱し、間合いに捉えると錫杖を大きく振り上げ叩きつける。静夜は夜鳴丸を抜いてこれを防いだ。


「――〈猛御雷たけみかずち〉、急々如律令!」


 星明が錫杖に念を込める。唱えると同時に静夜を押し潰す圧力には雷が落ちたような衝撃が加わり、闘技場の大地にクレーターを作った。

 静夜は落雷の威力を押し返さんと夜鳴丸に呪詛を込める。


「――月宮流陰陽剣術、二の型・〈気更着〉!」


 念を術者に跳ね返す呪いは、錫杖の衝撃を打ち消し、星明を後方へと押し戻す。さらに静夜は印を結んだ。


「――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前、〈擬心暗鬼ぎしんあんき〉、急々如律令!」


 隠形の結界に姿を隠すと、星明は足を止め周囲を警戒する。


 ――バン!

 銃声は斜め後ろから。星明は素早い反応で銃弾を弾き落すが、結界に隠れて周囲を走り回りながら銃撃して来る静夜の動きは掴めない。次の銃撃は左から。星明は後手に回っていた。

 だが、静夜の隠形の結界では銃声を完全には消し切れない。意識を集中させて居場所を感じ取る。


「そこだ!」


 確信を持って振るった錫杖の一撃は宙を切った。驚愕に目を見開く星明。


 静夜は既に禹歩で頭上に駆け上がっていた。

 持ち替えたリボルバーのシリンダーが光る。


「――〈天雷〉」


 刹那の内に放たれた銃弾は六発。込められたすべての特製弾は雷鳴を轟かせて降り注ぐ。


「――〈堅塞固塁けんさいこるい〉、急々如律令!」


 星明は呪符を投げ結界を展開する。最大火力の攻撃は防がれた。


 静夜はそのまま自由落下し、星明に迫る。


「――月宮流陰陽剣術、八の型・〈破月〉」


 夜鳴丸で結界を斬り裂き、


「四の型・〈兎月〉!」


 斬りかかる。防御の不能の太刀を星明が仰け反って躱したところに、


「三の型・〈矢宵〉!」


 さらに追撃を掛ける。


 星明は呪詛の切り替わった夜鳴丸を錫杖で弾き、放たれた刺突の射線を逸らした。突き技の呪いは舞桜を閉じ込めていた離れの横を逸れて屋敷の柱に穴をあける。


 互いに距離を取り、一旦仕切り直す二人。一連の攻防を眺めていた陰陽師たちは、忘れていた呼吸を思い出して息を着く。


 静夜はその隙にスピードローダーを用いてリボルバーの弾を交換した。


「……す、すごい……」


 栞は思わず感嘆に声を漏らした。

 星明も頬を緩め、嬉しそうに笑う。


「思った以上だよ、月宮静夜君。侮っていたわけではないが、月宮流陰陽剣術に、現代陰陽術の併用……、特にさっきのは危ないところだった」


「……正直、ただの結界で六発の天雷が全て防がれるとは思っていませんでした」


「まだまだ絹江さんの結界術には及ばないよ」


「呪符であれだけの結界が作れるというだけで僕には驚きですよ」


 静夜が普段から使う結界術は、自身の身体に祀られた霊剣・護心剣の特性を借りて強度や精度を増強している部分が大きい。それに対して星明は、ありふれた呪符を触媒に自身の念だけであれだけの強度の結界を展開させていた。

 静夜の作る結界とは、術者の技量という点で明らかな差異がある。


「ですが、兄さんもさすがです。長い間、愛刀がなかったにもかかわらず、剣の腕には衰えが見えません。型の切り替えも、あの速さは私にも真似できません」


 後ろで控える妖花も二人の鍔迫り合いには舌を巻く。静夜は謙遜するだろうが、月宮流陰陽剣術の型をあそこまで瞬時に切り替えられるのは彼だけだ。


「次はこちらから行こう」

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