第2章 年の瀬を告げる雷鳴

序 あれから数日

 12月24日。クリスマス・イブ。


 日本の古都、京都の街でも今は西洋の祭に染まっている。

 大学に集う学生たちは聖なる夜が近付くにつれて浮かれた空気を醸し出し、この歳になって、サンタからプレゼントが貰えるわけでもないのに、若者たちははしゃぎ出す。


 そんな生暖かい雰囲気から少し離れた講義室の隅で、一人の青年は憂鬱な気持ちをため息にして吐き出していた。


「……なぁなぁ静夜君、《平安会》のお屋敷って何処なん?」


「……」


 その隣には、クリスマスでなくても、年中チリンチリンと鈴の音を鳴らしている女性が小さな頭をぴょこぴょこと揺らしている。


 二人の手には陰陽師の象徴たる五芒星の印が押された封筒。中に入っていた手紙の内容は同じだが、二人の表情は陰と陽に分かれて別々だった。


「……栞さん、親戚の家に遊びに行くわけじゃないんだよ?」


「それは分かっとるよ? ウチらは、大事な総会に呼ばれたんやろ? 偉い陰陽師さんたちがいっぱい集まるところで、あのワンちゃんの事についていろいろとお話しせなあかんのやろ?」


「それはそうなんだけど……」


 手紙の内容は完全に理解しているはずなのに、彼女の口調には緊張感がなく、その温度差に青年は閉口してしまう。


「明日で大学は終わりやし、その次の日は舞桜ちゃんのご実家! 楽しみやね、冬休み!」


「……うん、そうだね」


 青年は棒読みでそう答えた。


 平安神宮での戦いを最後に、今月のはじめから京都を騒がせていた妖犬たちの一件は決着した。


 京都の陰陽師たちを統括する《平安陰陽学会》。その御三家の一つである竜道院家の娘が、禁術とされる憑霊術に手を染めた。

 その掟破りと少女の破門、そして家出から始まったこの事件は、衝撃的な出来事として波紋を広げ、現在では陰陽師の業界全体で話題となっている。


 当然、《平安会》は今回の事態を重く受け止め、事実関係の調査を進めると共に、事件に関わったすべての陰陽師と竜道院家、さらには竜道院一門全体への処分の如何を、現在検討している。

 そして、《平安会》は全ての議題に結論を出し、真の意味で事態を終結させるため、事件に深く関わった陰陽師二名と一般人一名を年末に急遽開かれる臨時総会の席に招待、否、召集したのだ。


 竜道院家次男の長女にして、憑霊術を会得し実家から破門された霊媒体質の少女、『妖に愛された呪いの子』、竜道院りんどういん舞桜まお


 彼女からの保護要請を受け、《陰陽師協会》から派遣されたアルバイト陰陽師、月宮つきみや静夜せいや


 強力な霊感を持つが故に、妖犬との戦闘に巻き込まれ、重傷を負ってしまった女子大生、三葉みつばしおり


 以上三名が、明後日、12月26日に開催される、《平安陰陽学会》の臨時総会へと赴く。

 この総会は間違いなく、この三人にとって、そして、《平安会》とそれに対立する《陰陽師協会》の二大勢力にとって、来る新年を占う重要な戦いの舞台となる。


 それを思うと前途は多難。

 重いため息を零す月宮静夜は、せめて来年が少しでも明るくなりますように、とサンタクロースに願いを送った。

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