決意を示す
「気配を辿ってここまで来たけど、準備にかなり時間が掛かっちゃって、正直、間に合ってよかった」
静夜はこの大遅刻を笑って誤魔化しながら、犬養将暉を警戒して身構える。先手を取って式神の数を減らしたのはいいが、それでも数的不利に変わりはない。
将暉の表情からも余裕の笑みは消えていなかった。
「いやはや、……まさか、貴様の方から進んで出て来てくれるとは思わなかった。舞桜を捕まえた後で、彼女を餌に誘い出そうと思っていたんだが、手間が省けたな」
「静夜、コイツは――ッ」
「説明はいい。知ってる。今日の昼間、会って話をした。君の母親と一緒に」
「何?」
話を遮られて、舞桜は困惑の表情を浮かべる。
「別に、政略結婚の件を隠していたことを責めたりはしない。話してくれたところで僕にはどうすることも出来ないし、そもそも僕は口出しできるような立場じゃない」
「ふん、分かっているなら、そこをどけ、三流陰陽師。貴様のようなカスゴミがしゃしゃり出てきたところで何にも出来やしないんだよ!」
「でも一応、彼女を保護するのが今の僕の仕事だ。……それに、嫌なんだろう?」
静夜は振り返り、少女に問う。
「意味とか、価値とか、出来るとか出来ないとかでもなくて……、舞桜はそれでいいの? こっちの道で、君は納得できるの?」
大切なのは彼女の想い。ただそれだけだ。
14年間、今まで涙をこらえ続けたその意地に、静夜はもう一度問いかける。
少女はしばらく俯いた後、それでもやはり顔を上げた。涙で潤んだ朱色の瞳で、真っ直ぐに静夜を見つめ、答える。
「私は嫌だ。こんなのは、納得できない。……こんな未来は願い下げだ!」
「……分かった」
舞桜の答えをしっかりと聞き届け、静夜は目の前の敵に意識を向ける。自らの呼吸を整えて、夜の静寂を感じ取る。研ぎ澄ました神経に身を任せる。
「なんだ? 俺と張り合うつもりか、三流陰陽師。確かに式神の数は減ったが、貴様はたった一人だ。この戦力差で勝てると思うのか?」
「……確かに僕は三流だ。出来ることしかやらないし、そのくせ、大したことが出来るわけでもない。……でも、そんな僕があなたに挑むということは、少なくとも、僕はあなたに絶対勝てるということです」
不敵に微笑む、静夜の安い挑発に、将暉は顔を歪ませた。
「このッ! 言わせておけば!」
彼が右手を軽く上げると、妖犬たちは身体を低くし牙をむく。
静夜は結界で舞桜だけを囲み直すと、右手の人差し指をオートマチックの引き金に掛けた。
「その生意気な態度を改めてやる」将暉が右手を振り下ろす。「――撃て!」
重なる銃声、そして無数のマズルフラッシュ。初手で動いたのは、平安神宮の建物内に身を潜めていた犬養一族の狙撃手たちだった。
しかし、撃ち抜かれたのは静夜ではなく、将暉の式神。敵を睨んで唸る妖犬たちは突然背後から味方に撃たれた。
銃声の直後、半数の妖犬が撃たれて消え、続く第二射でその倍の数が倒れる。境内に居た式神は物の数秒で掃討された。
「……な、何だと?」
困惑する将暉。静夜は先程の彼に倣ってゆっくりと左手を挙げた。
「言いませんでしたか? 準備に少し時間が掛かった、と。……部下の皆さんにはもう少し、暗示から抜け出す対処法を勉強させた方がいいかもしれませんね」
「き、貴様!」将暉の表情が更に歪む。
「次は、あなたです」
静夜が左手を振り下ろす。同時に銃声。将暉は後ろへ飛び、素早く呪符を取り出した。
「――絞殺の大蛇よ、我に仇なすものを捕え給え! 急々如律令!」
呪符は光り、将暉の頭に向かって放たれた弾丸はその全てが呪符に呑まれる。直後、光は五匹の大蛇となり、そのうち四匹は弾丸の飛んできた方へ、残る一匹は静夜に向かって、空中を一直線に進んで迫って来る。
蛇の式神を模した拘束の術。
静夜は即座に後退し、銃で蛇を仕留める。将暉はその隙に、新たな式神を呼び出すべく、呪符を投げて印を結んだ。
「――盟約の狂犬よ、我が求めに応え、汝の忠義を示し給え! 急々如律令!」
そうはさせまいと静夜は左手を振り下ろすが、銃声はもう鳴らない。暗示をかけられた狙撃手たちは全員、あの蛇の式神によって動きを封じられたのだ。
ワン! と新しく現れた妖犬の式神は四匹。「掛かれ」と将暉が命じると、式神たちはその俊足を以って迫り来る。
静夜は印を結び、隠形の結界で身を隠す。気配が完全に消えると、妖犬たちは目標を見失い、足を止めた。
「馬鹿め。犬の嗅覚を舐めるな!」
将暉がほくそ笑んだ直後、四匹は一斉に方向転換して走り出す。感じ取った臭いを追って距離を詰め、四方から囲むようにして飛び掛かる。
それを見計らって、静夜は「――爆!」と唱えた。
突然の爆発に砂利が飛び散る。応天門の東まで、まんまと誘い込まれた妖犬たちは、爆発の威力でその像が揺らぎ、吹き飛ばされる。
そこで、最初から将暉の背後に回り込んでいた静夜は、結界を解いて銃を取る。背後に突然沸いた殺気に将暉が気付き、二種類の銃声が同時に響く。
弾は互いに外れた。二人はそのまま距離を詰め、素手で組み合う。
「臭いで誘導させたな?」「この程度の揺動に引っかかるなんて、所詮は犬ですね」
互いに蹴り合い、直後に飛び退く。すると戻って来た妖犬たちが騙された恨みを込めて静夜に襲い掛かった。
「――〈堅塞虚塁〉、急々如律令!」
展開した結界で妖犬を弾くも、「――
戦斧を振り下ろすその怪力に、結界は呆気なく破られ、静夜は横に転がり戦斧を躱す。
妖犬たちがさらに静夜を追い立てるように波状攻撃を仕掛け、拳銃と体術でそれらを凌ぐが、今度は背後から再び戦斧が迫る。
静夜は体を斜にして戦斧を躱し、剛角の懐へ飛び込んで襟をつかむ。前に傾いた彼自身の重心を使って剛角を背負い投げた。地面に叩きつけられた衝撃は、空中に波紋を描いて、かけられた絵馬を揺らし、音を鳴らす。
静夜は剛角の眉間に銃口を突き付けた。今装填されている弾なら人も殺せる。
殺人を犯す久しさに、静夜の脳裏には僅かな逡巡が過ぎる。
しかし、ローブに隠された剛角の素顔を見た途端、その迷いは驚愕によって吹き飛んだ。
「――
静夜が狼狽えた僅かな隙に、左から横一線の斬撃が走る。静夜は咄嗟にしゃがんで躱す。振り向くと既に飛燕による次の一太刀が迫っていた。続けて躱し、今度は左から剛角の戦斧が絶妙な間で身体を薙ぎ払いに来る。
反射的に法力を防御に回して、身体が真っ二つになるのを防ぐが、重い打撃は横腹を抉り、身体は吹き飛び、静夜は平安神宮の東にそびえる蒼龍楼へと叩きつけられた。
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