忘年会
今年のオカルト研究会、もとい、民間伝承研究会の忘年会は、北野白梅町周辺にとある居酒屋のチェーン店で開催された。
参加しているのは、サークル会員の一部とその友人(部外者)が数名。会員以外の学生が飲み会に混ざる現象はこのサークルにとってよくあることで、常連である康介は、座敷の中心で先輩たちとどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
乾杯から既に一時間半が過ぎ、学生たちの顔は赤く染まって騒がしい。
「……若い子たちは元気やねぇ」
「栞さん、若い人がそんなことを言っちゃあいけないよ」
静夜と栞は座敷の端に大人しく座って、中央の喧騒を眺めている。
我ら関せず、という確固たる雰囲気を作り上げると同時に、他の人が勝手に注文して食べ残した料理を少しずつ減らすという地味な任務は、二人によって着々と進められていた。
当然の事だが、舞桜は現在、静夜の部屋で留守番をしている。
この忘年会は先月から決まっていた予定であり、栞がいつにも増して熱心に誘って来たイベントでもあり、康介も来ると言うことで逃げると後が面倒だったということもあり、今日は仕事の方を休みにせざるを得なかったのだ。
もちろん舞桜は不満を垂れ流していたが、昨日の仕事を早々に切り上げてしまったのは本人の落ち度なので、静夜は問答無用で彼女を結界に閉じ込め、この忘年会に参加している。
「静夜君、ドリンクのおかわり、要る?」
「ううん。まだ大丈夫」
「了解。……すみませ~ん、焼酎をロックでお願いしま~す」
栞さんが間延びした声で注文を告げる。手元にあるとっくりに残ったあと少しの日本酒をすべてお猪口に注ぐと、それを一気に飲み干し、「ふぅう」と色っぽい大人の吐息を漏らした。
「栞さんって、お酒強いよね」
「ん? そんなことあらへんよ? 顔が赤くならんだけで、これでも結構酔っとるんやで?」
「それにしても結構飲んでる気がするけど……」
開始からずっと栞の隣に居た静夜は、彼女が次から次へとお酒を注文していくところを間近で見ている。そのペースはこの卓に座る誰よりも速く、頬の色は未だにほんのり赤みがさす程度。会話の様子からも彼女が酒豪の類であることは間違いない。
「お酒ってな、一回美味しいって思えたら、すとんと馴染めるもんやと思うねん。静夜君も一口飲んでみぃひん?」
「……未成年に飲酒を勧めたら犯罪だよ?」
軽い冗談を丁重にお断りして、静夜はジンジャーエールを一口。
静夜は現役で大学に合格したので現在19歳。栞は一年浪人しているため既に20歳。来年には成人式だ。
店員から運ばれてきた新しいお酒を受け取り、代わりに空になったとっくりとお猪口を返すその何気ない気遣いには、一年以上の歳の差さえ感じる。
「静夜君は真面目やなぁ。乾杯からずっとソフトドリンクしか飲んでへんし。康君なんて、もうとっくにフラフラやのに、まだ飲んどるんやで?」
目線で示したその先では、上回生に囲まれた康介が、勧められるがまま、おだてられるがまま、会場の注目を一身に浴びてビールの一気飲みに挑もうとしていた。
高揚した表情で立ち上がり、雄叫びを上げて、冷え切った大きなジョッキを片手で煽る。一瞬苦悶に顔を歪めるも、その手は意地でも止まることなく、そしてついに一気飲みを果たすと、観客からは歓声と拍手が沸き上がった。康介は、やり遂げたと言わんばかりに、空のジョッキを高々と掲げてそれに応える。
その様子を傍から見届けて、静夜は思わず眉を顰めた。
「……僕は真面目なんかじゃないよ」
(僕はただ、身の丈に合わないことをしないだけ……)
グラスに入った氷がゆっくりと解けてカランと音を鳴らす。テーブルに残った冷めた焼き鳥はあまり美味しくなかった。
「ちょっと、ちょっと! そこのラブラブカップル! もうちょっとテンション上げて行こうぜ? 俺があんなカッコいい勇姿を見せたんだからさ、拍手喝采ぐらい送ってくれよぉ~」
座敷の隅に隠れていた二人を目ざとく見つけたのか、頼りない足取りで寄りかかって来たのは、先程まで宴の中心にいた康介だ。
少し近付いただけでも分かるその酒臭さに、静夜は一瞬頬が引き攣る。
「康君、お疲れ様ぁ、ウチも静夜君もちゃんと見とったよ? せやけどあんま、ああいうのはやらんといた方がええんとちゃう?」
栞は穏やかな口調で窘めるようにお酒の飲み方を説く。確かに、お酒を飲むなら、栞のように静かに上品に飲むべきだ、と静夜も賛同し隣で頷く。
「アハハハッ、大丈夫だって! あれ、ノンアルコールビールだから」
「え? そうなん?」
「ほんまほんま。今どきアルコールを一気飲みする命知らずなんていないって。あれはただのパフォーマンスッ! ただワーってやってキャーって騒いでくれれば、それでオッケーってね!」
「なんや、そういうことならそう言ってくれればええのに……」
栞が安堵して胸を撫で下ろす。どうやら彼女は危険な飲み方をした康介の身体のことを心配していたようだ。
騒がしい飲み方を下品だと非難したかった静夜は、己の矮小さを感じて恥ずかしくなる。
栞の方がよっぽど真面目だ。
「でも、息が酒臭いんだから、アレ以外ではなんか飲んでるよね? 未成年なのに」
「……んもうぉ! 静夜君は真面目なんやからぁ!」
「康介、君が関西弁をしゃべるな、気持ち悪い」
「あれ? 静夜もしかして酔ってる?」
「酔ってない!」
少なくともお酒は一滴も飲んでいない。
「まあまあ静夜君。静夜君もお酒の美味しさが分かれば、康君の気持ちが少しは分かるかもしれへんよ?」
「だから僕は飲みません!」
先程よりも本気な表情でグラスを勧められて、咄嗟に声を上げる。ここで飲んでしまったら、負けだ。
「それにしても、相変わらずお前ら二人は周りに配慮しないねぇ。こんなお酒の席でもずーっと二人だけの世界に入り浸って、所構わずイチャイチャしやがって。クリスマス間近でピリピリしてる人だってたくさんいるってことを忘れんなよ?」
康介はそう言って親指で後ろを差すが、他人事のようなその笑顔は、自分はそのうちに入っていないと自慢しているようだ。
「康介ぇ! 最近のお前は調子に乗りすぎだぞ?」「この前の合コンで知り合った娘とはどうなったんだよ!」「今キープしてる女の子って何十人なんだ?」「クリスマスは誰と遊ぶんだ?」「そんなに顔広いならクリスマスだけでも誰か俺に紹介してくれよぉお!」「月宮殺す」
中には静夜に対するヤジも含まれていたように思うが、それはきっと気のせいだ。
「それで? 二人はもうクリスマスの予定とか決めてんの?」
康介はさらににやけた顔で静夜たちに詰め寄る。周りからの注目を集めるためか、声量は心なしか大きく、まずいことに話の中心は静夜の方へ移り始めた。
「なんだよ、おい、月宮と三葉ってやっぱり付き合ってるのかよ」「なんで栞ちゃんがあんな奴と? 意味わかんねぇ」「クリスマスデートとか爆発すればいいのに」「月宮殺す」
「別に僕たちは付き合ってるわけじゃないんだから、クリスマスの予定だって何にも決まってないよ!」
静夜は言い逃れを図るものの、それを逃がす悪友ではない。
「嘘つけ、どうせさっきまで二人でこそこそとクリスマスの予定とかを話し合ってたんだろう?」
「おいおい月宮、そろそろ白状しろよ」「お前らずっと付き合ってんだろう?」「サークル内でもずーっと噂になってんだぞ?」「二人とも否定し続けるから怪しいなぁとは思ってたんだけどさぁ」「さすがにもう我慢出来ねぇ」「今日という今日は正直に話してもらうぞ?」
「「「「お前らはいったい、どういう関係なんだ!」」」」」
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