鍛錬
――バン、バン、バン、と、闇夜に規則正しい発砲音が鳴り響く。
日本最大の禅寺、世界遺産でもある妙心寺の境内は人除けの結界に覆われ、その中では少女が一人、黙々と拳銃を撃ち続けていた。
小さな手でしっかりと銃を構え、正面の的を瞬きもせずにじっと睨んで引き金を引く。
その後ろでは青年が一人、仏殿の前の石階段に座って、彼女の小さな背中をぼんやりと眺めていた。
竜道院舞桜が現代陰陽術を覚えたいと申し出たのは、闇市から帰ってすぐのことだった。妖犬たちとの戦闘を経て、彼女なりに何か思うところがあったのだろう。
これを聞いた静夜は、確かに憑霊術以外の戦う手段も必要だろうと思い、持て余していた左利き用の拳銃を譲って、軽いレクチャーをしてあげた。それがその翌日、舞桜と静夜が出会って三日目の夜のことだ。
それから舞桜は毎日欠かさず、こうして射撃練習を重ねている。だが、
――バン!
乾いた音が鳴って、弾は円形の的の中央から、やや斜め上に逸れたところに痕を残す。
「……」
マガジンに込められた弾をすべて撃ち尽くした舞桜は、目を細めて的に残った弾痕を見つめ、自分の腕前に不満げなため息を溢した。
「……どうだ? 何か変なところはあったか?」
舞桜が後ろを振り向き、意見を求めて来る。
訊かれた静夜は、未だに痛む頭を押さえながら、たっぷりの嫌味を込めて答えた。
「別に? 昼間に部屋を抜け出して一人で特訓してたわりには、全然上達してないなぁ、とは思ったけどね」
悪意の籠った言い方に、舞桜はもううんざり、という意味でまたため息をつく。
「まだそれを言うのか? 予定より15分も早く帰って来て、不用意にドアを開けたお前にだって、十分に非があるだろう? 対妖専用の弾で気絶させるにとどめてやったが、本当なら実弾を撃ちこんでお前をあの世に送っていたところだ」
「そのことについては謝るよ。僕が悪かったし、今度からはちゃんとノックをするように気を付ける。でもあんな時間に君がお風呂に入ってるなんて誰も思わないよ。今、十二月だし。……それに僕が大学に行っている間、君は部屋で静かに大人しくしてるって約束したから、君に合鍵を渡して結界も強化せず、信じて留守を任せていたのに、まさか、一人で外に出て、汗をかくほど自主トレに精を出しているなんて思わなかったよ」
舞桜があんな時間にシャワーを浴びていた理由。
それを聞いた時、静夜は思わず怒り、そして呆れた。
妖犬の一件で京都中が厳戒態勢の今、昼間とはいえ舞桜が一人で街を出歩くのは極めて危険だ。また妖犬に襲われるかもしれないし、《平安会》の人に見つかったら、実家に連れ戻され、問答無用で極刑を言い渡されることになるかもしれない。
静夜がわざわざこうして舞桜の鍛錬に付き合っているのは、そんな危険から彼女の身を守るためだ。もしも何かあったら静夜一人では責任を取り切れないし、そうじゃなかったら大学で栞の誘いを断ってなどいない。
それに舞桜だって、静夜の役割や事情、自身が置かれている状況についてはある程度理解しているはずだ。
それなのに、彼女は静夜との約束を破り、一人で外に出てランニングや射撃訓練などの鍛錬をしていたという。この様子だとおそらく、今日が初めてではないだろう。
「ふん、朝から晩までずっとあんな狭い部屋でじっとしていたら気が滅入る。それに、私に言わせれば、こんな時に呑気に大学へ行っているお前の方がおかしい。普通なら私を四六時中監視して、協会から受けた仕事を全うしようとするのが普通じゃないのか?」
「学生の本分は勉強だ。それを疎かにしてアルバイトを優先したら本末転倒だよ」
「いいや違う。私たちは学生である前に陰陽師だ。大切なのはテストの点数より、陰陽師としての実力だ」
「でも《平安会》は、実力で自分の意見を押し通せるほど、融通の利く組織じゃない」
「だがそれは、貴重な時間を無駄にしていい理由にはならない」
舞桜は一歩も譲らないという眼差しで静夜を睨み付けている。真っ直ぐに突き刺さる朱色の瞳に、静夜はふと三年前の誰かを思い出す。
「……いくらやっても結果は同じだよ」
「何?」
小声で呟かれたその声は舞桜には届かなった。静夜は目線を舞桜から外し、その向こうにある的を見る。
「……残念だけど、今の君がどれだけ射撃の精度を上げたところで、あの妖犬たちには敵わないよ。特に、君の場合は決定的に威力が足りない」
「それはお前にも言えることだろう?」
「僕の場合は弾薬を変えたり、法力の量を増やしたりすれば、何とかなる望みがある。でも、憑霊術を使っていない、君一人の法力だとあのレベルの妖を倒しきれない」
この一週間、舞桜と生活を共にし、毎日の鍛錬を見てきた中で、気付いたことはいくつかある。
その一つが彼女自身の非力さだ。
舞桜は妖を纏っていない状態では、一度に作り出せる法力の量が極端に少ない。それこそ、呪符が一切反応しないほどだ。
さらに言うと、筋力や体力も並の女子中学生より劣っている。拳銃を両手で構えるのも重そうで、少し運動をすれば息が上がるのも早い。昼間に汗をかくほど自主トレをしたと言っても、彼女が実際に行った走り込みは大した距離でもなかった。
そんな彼女でもあの妖犬たちと戦えたのは、あの憑霊術が、舞桜の纏う妖が、足りない部分のすべてを補い、強化しているが故だ。
「確かに、君の憑霊術は凄まじい。でも、君は、その憑霊術を使わないと戦えない。そして、禁術であるそれを使い続ける限り、君は《平安会》の首席には成れない」
雲が月を隠し、師走の夜は陰に包まれる。物言わぬ闇は、容赦なく人に真実を突き付ける。
「何が言いたい?」
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