第14話

 翌日、柊介と千景は学校が終わったあとすぐに理歩に会いに行った。

 学校なんてという気持ちは拭えなかったが、授業をサボってかつ面会時間外に病院へ行ったら間違いなく理歩に追い返されるという千景の判断だった。りーちゃんって変なところで真面目なんだよね、というのが千景談だ。


 二人で理歩の病室を訪れたときの理歩の顔はまるで親が子を見るような包み込まれる表情だった。理歩は呼んでいた文庫本を閉じながら「いらっしゃい」と言った。


「りーちゃん、具合どう?」


「まぁ、ぼちぼちでんなぁ」


 ベッド脇の椅子に座りながら心配そうにする千景とはよそに、理歩はふざけたようにおどけて見せた。顔色は良いが、身体の方は本当に儲かっているかどうかわからなかった。


「長い喧嘩が終わったみたいですね」


 理歩の安堵のため息と共に出た言葉に、柊介と千景が同時に反応した。


「「いや喧嘩はしてないから」」


 三人の視線が三角形を作るように交わる。

 一呼吸、時間を置いたあと最初に吹き出して笑ったのは理歩だった。柊介と千景もそれにつられる。病室という場所はどんなに居心地をよく作っても病院自体が兼ね備えてしまっている重苦しさまでは拭えない。けれど笑い声が響くと途端に印象が変わる。黒から白へ。千景がいて、理歩がいる。それは柊介が小さい頃から大事にしていた場所だった。


「それで、柊ちゃん」


 理歩が顔をこちらに向けてくる。

 柊介はすぐに頷いてみせた。


「わかってる。任せてくれ」


「おやおや。一変して男らしくなっちゃって」


「だけど、理歩。俺は……いや俺たちは」


「わかってるよ」


 理歩が遮り、後を引き継いだ。


「言ったでしょ、私は諦めてないって。ちゃんと、ちーちゃんも救えてたんだから。私のことも救ってね」


「……りーちゃん」


 理歩は千景の手を握りながら、柊介を見つめた。つい先日、理歩が母親に言っていたことを思い出す。


 最後くらい、わがまま言わせてよ。


 咄嗟に出たこととはいえ、あれは彼女の本心だったのだと思う。

 理歩は頭が良い。一つの分岐点に立てばあらゆる可能性を模索し、検討し、判断する力を持っている。そしてそれによる生じるリスクにも眼を逸らさない。柊介は知っている。彼女は恐怖と絶望の上に希望を語れる人だった。


「救うよ。俺に出来る精一杯の力で」


 柊介の言葉に、理歩は満面の笑顔で言った。


「ありがとう」

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