救われてたよ

第12話

 千景からメールがあったのは、次の日の夜だった。


 処理しきれない事実が山のように押し寄せた翌日だ。

 正直、今は人と関わるのは遠慮したかったが、柊介は自室でぐったりとベッドに寝転んでいた身体を無理矢理起こした。千景からのメールは一言「いまから会いたい」だった。恋人なら願ってもいない文面なんだろうが今回は億劫にならざるを得なかった。理歩のことなのはわかりきったことだからだ。


 柊介は携帯電話を操作して「どこで?」と返信する。送信完了の画面になった瞬間どこからかピロンッというなんともベタな音が聞こえた。言葉に出来ない嫌悪感に胸が満たされていく。すると案の定、自室の扉がいきなり開かれた。


「入るわよ」


 ズカズカと花壇を踏み荒らすように入ってきたのは千景だった。彼女は六畳ほどの部屋全体を見渡すと、ドン引きするように顔を引きつらせる。


「全然変わってないわね、小学生の時のままじゃない。少しは模様替えとかしないわけ?」


「……何してんだよ、お前」


「言っておくけど、おばさんから許可もらってるからね」


 母親と友人が仲良いというのは考えものだった。正直いいことが欠片もない。

 千景はベットを背もたれに床にちょこんと座った。


「落ち着かない部屋」


「うるせぇな、人を招くように出来てないんだよ」


 昔から外で遊んでいることがほとんどだった柊介はこの部屋に友人を招いたことはほとんどなかった。一度もなかったかもしれない。千景と理歩を除いては。


「で、何の用だよ」


 理歩のことだとはわかっていても一応、柊介は尋ねた。千景はすぐに答えずに深呼吸をして気持ちを落ち着かせるように言った。


「見せて欲しいんだよね」


 真剣味を帯びた声に、柊介はギクリとする。


「……何を?」


「私にお母さんの夢、見せてくれたやつ」


 絶句する。

 千景が何を言っているのか理解が追いつかず、身体だけが震え始めた。千景はそれ以上何も口にしない。幻聴かと願ったが、千景の沈黙はいつまでも返答を待ち続ける意思表示だとすぐにわかった。


「な、何のことだよ……」


 時間を要した割にはありきたりなことを返してしまい後悔する。

 千景は準備してきたように即答で言った。


「昨日、私帰ってなかったんだ。りーちゃんに言われて、あんたとの会話全部聞いてた」


 心臓が狂ったように踊り出しているようだった。動いてもいないのに自然に息が切れていく。冷静を保てない柊介をよそに千景は続けた。


「まぁ、それも確認だったんだけどね。昨日の日曜日、病院に行ったときにりーちゃんから全部聞いたの。必要なことだからあんたとの約束を破らないとって……あのときのりーちゃん、ちょっと辛そうだったな。病気とは別にして」


「……」


 このことは誰にも言わないように。それは千景を助けようと理歩に能力を打ち明けたときに、柊介が彼女に頼んだことだった。


「私、覚えてるんだ……お母さんが死んじゃったあと一人で閉じこもってたとき、毎日毎日、夜に見る夢はお母さんが出てきた。毎晩、寝るのが楽しみだった。それで、柊介とりーちゃんに言ったことも、覚えてる。ううん、それは嘘かな。昨日の話聞いて思い出した」


 お母さんに会うから、邪魔しないで。

 柊介が自分の力がどれだけ怖いものかを知った言葉だった。


「正直さ、未だに信じ切れてないところはあるんだよね。そんな漫画みたいな力が実際して、一番近くにいたあんたが持ってるなんてさ。でも、でもさ……」


 千景の声がだんだんと震え始め、滲んでいく。


「柊介とりーちゃんに酷いこと言ったことは事実で、それで一番傷ついているのが柊介で、私はそんなこと知りもしないで何度も変わったとか暗くなったとか、最低なことばっか言って……最低なのは、私じゃんね」


 柊介は覚悟を決めて千景の正面に座る。

 千景は膝に顔をうずめて泣いていた。千景は昔から人に涙を見せることが大嫌いだった。人前で泣くなんてみっともないと考えているらしい。

 最後に千景の涙を見たのはいつだったか思い出せない。母親のお通夜も火葬場でも最後まで涙は見せなかった。

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