第11話
俯き黙ったままの柊介を前に、理歩が言った。
「柊ちゃんはさ。私のこと、どういう女の子だと思ってる?」
理歩は話しを少しだけ逸ららす。柊介は特に考えず思っていることを口にした。
「どういうって……優等生で、周りが見えてて、お姉さん役っていうか。同級生だったら、学級委員やってそうな感じだろ。読書家だしさ」
真面目という単語を使おうかと思ったがやめておいた。これは割合的に良い言葉として使われないことが多い気がしたからだ。
理歩はうんうんと頷きながらも「柊ちゃんはまだまだだね」と言って続けた。
「全然違います」
「え、そうか?」
「小学生の頃は……そうだね。学級委員やってたこともあったかな。でも中学じゃ一度もやってないし、高校なんかまともに友達もいなかったよ。一年も行けなかったけどね」
行けなかった。過去形にしたその表現に柊介の表情が硬くなる。理歩は自分の両手の指先を見つめながら続けた。
「勉強は得意じゃないし、本も読むけど漫画の方が好き。廊下を走る人に注意なんて絶対出来ないし、人の眼を気にしてるだけで周りが見えてるわけじゃなかった。そう見えるように演じてただけ。柊ちゃんの前では特にね」
「……なんで」
「それを言わせますか」
理歩ははにかんで見せる。
「柊ちゃんの前では……カッコイイ女でいたかったの。クラスには誰が見ても委員長気質な人がいて、私はクラスの中では暗い女な部類でさ。憧れた、あんな風になれたいいのになって。だから柊ちゃんとちーちゃんの前では必死で優等生を演じたの。ちーちゃんにはすぐにバレちゃったけど」
本人からの言葉でも信じられなかった。柊介にとって理歩は自分の弱さを見せられるたったひとりの姉と呼べる人だったから。
人は人を決めつける。どうしようもなく自分勝手に。
口を開き掛けた柊介の口を理歩はだめ、と制した。
「謝らないで。柊ちゃんには知られたくなかったんだから知らなくて良かったんだよ」
理歩は明るい口調で続ける。
「それでね、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん、私に夢を見させて欲しいの」
最初、理歩が何を言ったのかわからなかった。もう一度、聞き直したくても喉からは空気が漏れるだけで声にならない。そんな柊介を横目で見ながら理歩は続ける。
「常盤理歩、クラス委員として活躍する女子高生って感じの。なんだか高校生っていう実感がなかったからさ。そうだ、せっかくなら柊ちゃんとちーちゃんは同じ学年で同じクラスの設定がいいかな。あとは」
「ちょっとっ、ちょっと待ってくれよ」
柊介はやっと出すことが出来た声を荒げて理歩の言葉を制した。
数秒、柊介と理歩は見つめ合う。先に口を開いたのは理歩だった。
「……最近ね、毎晩、夜眠るときが怖くてたまらないんだ。もうこのまま目を覚ませないんじゃないかって考えちゃうの。それでね」
「嫌だよ……」
「柊ちゃん、聞いて」
「嫌だ、聞きたくないっ。もう最後だから夢を見たいなんて御免だ、そんなのあんまりだ」
理歩はベッドから細い手を出して柊介に差し出した。柊介は顔を背けて応えることに躊躇する。理歩は小さくため息をついて半ば強引に柊介の手をとって握った。掌がつながり、それはまるで一つになったような一体感が生まれる。理歩の手は火傷してしまいそうに熱く、温かく感じた。
「冥土の土産のつもりなんてこれっぽっちもないんだからね」
「え?」
「来週ね、手術するの。成功する確率すごい低いらしいんだけど上手く行けばもっと長く生きられる。柊ちゃん達と大人になることだって出来るかもしれないんだって」
理歩は柊介の手を握る力を強めてから続けた。
「でもね、やっぱり怖いんだ。自分の身体だから悪いんだろうなとは感じてて、覚悟もしてたんだよ。でもやっぱり死ぬのが怖い。ちーちゃんの笑った顔が見れなくなるのが怖い。柊ちゃんにこうして触れられなくなるのが怖い。死ぬのが、怖い」
何度も何度も聞いて、やっと実感が帯びてきた。理歩がいなくなるということ。柊介はここにきてやっとその恐怖に苛まれていた。千景の母親が逝ってしまったときの喪失感の波がまた押し寄せる。無機質に、無慈悲に。
「私ね、あの時柊ちゃんの特別な力を知ったときからずっと思ってた。人に夢を見せる力、それは麻薬なんかじゃないよ。その力は夢と現実を繋いで今を頑張ろうって思わせてくれるものなんだよ。諦めたくなるような辛いことがあっても、その人が願う夢を見ることが出来れば……また頑張ろうって思うことが出来る。希望が、持てる」
理歩はそう力強く言い「だからね、柊ちゃん」と真っ直ぐ瞳を柊介に向けた。その眼の奥に悲壮感は無く、恐怖が同居した生きる意志が見えた。
「私に、生きる希望をくれないかな」
心とは裏腹に、柊介は彼女の手を握り返していた。理歩に能力を使う。どう解釈しても恐怖が拭えなかった。千景のあの時の眼が脳裏に浮かぶ。
柊介は、ゆっくりと繋がれた手を引いた。
「……少し、考えさせてくれ。少しでいい」
理歩はわかっていたように頷き
「待ってるよ」
と笑顔で呟いた。
このとき、病室の扉が僅かに開いていたことを知らなかったのは柊介だけだった。
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