再会
第6話
音量を徐々に上げていくように、ザワザワとした喧噪がゆっくりと鮮明になっていく。柊介は過去の記憶に回していた意識を視界に戻していった。
日曜日、駅前は人が忙しなく行き交っていた。
十一月の半ばにしては気温が低く、冷たい風が吹く度に身を丸くしてしまう寒さだった。冬の足音はもう、間近まで迫ってきている。
カラカラと落ちた枯れ葉が足下を転がっていった。見栄え良く植えられた木々の葉はもう半分以上が無くなっている。毎年、葉を全て落とした骨だけに見える木々を見るのが柊介は嫌いだった。春になるとまた芽吹いて緑の葉音を鳴らすのだから命の循環と思えばいいのだが、そう上手く解釈出来なかった。
冬の自然はどうしようもなく、死を連想させるから。
これがいけないのかと、柊介は心の内で苦笑する。千景の言う暗くなったという厳しいお声はこういう思考から滲み出るものなのだろう。
柊介は駅前広場の中央に立つアンティークの時計台に眼を向けた。時刻は午前十時五分前を回ったところだった。
一人で何もすることがないときは大抵昔のことを思い出してしまう。それもほとんどは後悔の念が極めて強いもので、意識はしていないのだが、そういうときの柊介は具体的な犯罪を考えているような深刻な顔をしているらしい。
そろそろ来るであろう千景と理歩に見られなくて良かったと安堵する。理歩には何度も直すように言われて、先日、千景に警告を食らったばっかりだ。暗い顔をしていたら今度は千景に本気で殴られるかもしれない。
なるべく楽しいことを考えている間に時計の針が半分を回った。時刻は十時半を示していた。
「…………」
待つの別に嫌いじゃない。
言った通り、一人で考えごとをするのが習慣になっているからだ。ただ今回はやがてくる待ち人のためにポジティブ思考に無理して努めていたせいか一分が異様に長く感じた。どれだけ普段がネガティブなんだと気が滅入るが、これが三十回ともあれば、いくら柊介でも
「遅いな」
と呟かざるを得なかった。
思いの外、声が大きくなってしまい隣りにいた年配の女性がこちらを見たのがわかった。誤魔化すように柊介は携帯電話をを取り出す。
千景が遅刻するのはいつものことだが今回は理歩もいる。大抵あの二人は一緒にくるし、そうでなくても時間に正確な理歩が遅刻することはまずない。連絡がないのはおかしかった。
電話にするかメールにするか迷っていると、携帯電話がビッビッビッと規則的に震えだした。バイブレーションは細かい方がいいという謎の持論で千景に設定されたものだ。電話かと思ったが画面には千景からのメールを受信した旨を伝えている。
どうせ、自分の遅刻に理歩を巻き込んでいるのだろう。
そう安易に思いながら、祥介はメールを開いた。
『ごめん、失敗した。すぐここに来て』
そう書かれた文章に添付されていたのは駅から少し歩いた先にある大学病院までのマップだった。
失敗した。
会話でも文章でも主語がないのは千景の悪い癖だ。こんな内容で納得しろというのは無茶な話である。一笑に付すのは簡単だが、そういうわけにはいかなかった。ジワジワと、真っ黒な不安と焦燥感が柊介の胸を埋めていく。窒息してしまうような錯覚に襲われ、唾を飲み込むが余計に苦しくなっただけだった。
指定された場所は林道大学付属病院。
そこは八年前、千景の母親が運ばれ、命を無くした場所だった。
関係無い、ただの偶然だ。
柊介はそう自分に言い聞かせ、地面の落ち葉を踏んで足早に病院へ向かった。千景に返信する余裕なんてどこにもなかった。
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