僕たちはつながっている

第5話

 千景の母親が死んだ。


 それはテレビでたまに見かけるような理不尽な交通事故だった。

 小学三年生のときに知らされたその事実に柊介は最初、漠然とした違和感を持った。死というものがなんなのか知らなかったわけじゃない。漫画や小説では悪者は大抵死んでいたし、死亡事故のニュースを目にすることも多かったからだ。


 死とは、この世界からいなくなること。柊介はそう解釈していた。


 いなくなること。今まで当たり前にいた人が消えてしまうこと。

 初めて死というものに触れた柊介は、今まで自分の中で完結していた死が表面を滑るだけの上辺のものだったことに気付いた。

 遊びに行くたびに、甘いお菓子をくれた千景の母親が。

 いつも笑っていて優しくしてくれた千景の母親が。


 死んだ。


 もう二度と会えないと確信した直後、身体がストンと暗闇に落ちていくような喪失感と絶望感に包まれた。あんなに明るかった千景は母親が死んでから、一切笑わなくなってしまった。

 小学生の頃、柊介は千景と理歩と遊ぶことが多かった。一部のクラスメイトからは女と遊ぶなんてダサいとか陰口を叩かれたりしたけれど、あの頃は男の友達もちゃんといたし、何より、自信過剰を極めつつあった当時の柊介には人に言われて自分が間違っているかもなんて思うことは皆無だった。


 あの日も、柊介は理歩と会っていた。本当は千景もいたはずだけど家に行っても千景は出てこなかったのだ。


「ちーちゃん、大丈夫かな」


 公園でブランコに座りながら理歩が呟く。その表情は今にも泣き出しそうで暗いものだった。ブランコを囲む塀に座りながら柊介は何も言えなかった。最後に千景を見たのは母親の火葬場だった。

 あの時の千景の顔を思い出す。骨を集めている千景の姿はカラッポで、人形のように無表情で、あんなに痛々しい人間を見たのは生まれて初めてだった。


「随分声も聞いてない。メールも返してくれないし……読んでくれてたらいいんだけど」


 そう言う理歩を一瞥する。

 千景が笑顔を失ってから理歩も笑わなくなっていた。柊介自身も心から笑うことが無くなったように感じる。このとき柊介は自分達はきっとどこかでつながっているのだと思った。相互作用する心。悲しみも喜びも共有する関係。

 

 救わないといけない。素直にそう思った。


「りーちゃん。俺、千景を助けたいんだ」


 ふと出た言葉に理歩は弱々しく微笑んだ。


「うん、でも……どうしたらいいんだろうね」


「出来ることがある」


 柊介は迷わなかった。この力はきっと千景を救う一手になるという確信があった。


「何をするの?」


「信じられないと思うけど、俺には超能力があるんだよ。それを使う。そうすれば千景はきっと笑ってくれるはずなんだ」


 そして、りーちゃんも笑ってくれるようになる、とまでは恥ずかしくて言えなかった。理歩は最初眼を丸くして見せたけど、すぐ優しい顔つきになった。

 僕たちは繋がっている。発した言葉に嘘がないことがわかったのだろう。理歩はブランコから立ち上がって柊介の眼を真っ直ぐ見た。


「私にも、出来ることあるかな」


 柊介は力強く頷いた。


「設定のアイディアが欲しいんだ。俺、馬鹿だから千景が元気になるようなもの、思いつかない」


「設定?」


 理歩が首を傾げてみせる。


 誰にも言っていなかった力。秘密にしていたことに深い意味はない。ただ隠し持っていたほうがカッコイイと思ったからだ。柊介は一つ深呼吸をして口を開いた。


「俺、人に夢を見せることが出来るんだ」

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