第17話
※
結局のところ、得られた情報は、修也のバイタルモニター上にある現在位置だけだった。
また、増援を要請しようかとも思ったが、止めた。
修也の危険度が特A級にランクアップされたことから、国防軍の一個小隊程度の増援は望めたかもしれない。
だが、そうすれば犠牲者が増える。確実に。
「それでも、確実に敵を倒すことの方が重要よ!」
「民間人を巻き込む覚悟は? できてないんだろう、あんた」
羽澄は舌打ちのような、歯ぎしりのような、歪な音を口から漏らす。
「繰り返すようだが、修也たちは高尚な精神の下で自分たちが動いていると信じて疑わない。俺と修也の決闘のセッティングはしてくれるかもしれないが、他の軍属の人間に情けをかけるとは思えないな。それより」
俺はふと、セーフハウスの天井を見上げた。
「それより? 早く続きを言いなさいよ!」
両腕をぶんぶん振り回す羽澄を前に、俺は静かに語った。自分の脳内を整理したかったのかもしれない。
「今まで俺たちはおかしかった。修也の目的について考えたことなんて、なかっただろう?」
「目的? そんなの決まってるじゃない! 海外の軍や秘密組織に、日本の国防の現状を漏らすつもりなのよ! 相当高額な売り物になるでしょうからね!」
「修也はそんな安っぽい男じゃない」
俺は両腕を腰に当てた。
「誰かを救おうとでもしているのか? それも、人質として使えるだけの人材の身柄を確保したのか? まさかその両方? だったら誰が?」
「ああもう、じれったいわね!」
今の羽澄には、落ち着きが欠けていた。昨夜、自分の過去を語って聞かせたのと同一人物だとは思えない。
突然情緒不安定に陥るのは、新兵にはよくあること。刑事も同じなのだろうか。
それはさておき。俺は呟きを再開した。
「修也は前回の手紙で、『この国が行っている非人道的行為』なんてことを言ってたな。思い当たる節はいくつもあるが、どれのことだ? 修也が命懸けで守ろうとしている人物は、その非人道的行為の被害者なのか?」
ううむ、分からない。俺は修也の親友だったかもしれないが、精神科医ではない。刑事の行うプロファイリングなど、全く畑違いな分野だ。
って、待てよ。
「なあ、羽澄」
「だーかーらー、要点をまとめて喋ってよ!」
「あんたの知り合いに、プロファイラーはいるか?」
「そんなこと、あんたが自分で考えなさいよ!」
すると、俺に声を掛けられて落ち着いたのか、羽澄は『何ですって?』と問うてきた。
「プロファイラーの力を借りたい。犯罪心理学の専門家でもいいが、できれば現場に出向く機会のある人間だと心強い。誰かいないか?」
「と、突然そんなこと訊かれても……」
先ほどまでの威勢はどこへやら。羽澄は目を逸らしながら沈黙した。
流石に彼女は、人脈を作るには若すぎたか。って、俺と同い年なんだっけ。こればかりは如何ともしがたいな。
「いない、よな。だが、俺たちだけでこれ以上バイタルモニターを追いかけ回すのは厳しいし。どう思う、警部補殿?」
「……」
沈黙を続ける羽澄。せめて目的が分かれば、こちらも修也に対する応じ方があるというものだが。それに、軍の上層部は『何が盗まれたのか』を把握しているはずだ。無論、それはただの機密データなどではあるまい。
俺も独り語りが一段落し、本格的な沈黙が雪のように舞い降りた。聞こえてくるのは、エアコンが暖気をもたらす駆動音のみ。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
時間。それは、何らかの目的を達するために、修也が稼いでいるものでもある。ここでこちらが一方的に手をこまねいているわけにもいかない。
待てよ。時間?
「羽澄、早速調べてほしいことがある」
「なっ! 何よ、驚かさないでよ」
俺は羽澄の苦情を無視し、身を乗り出した。
「どうせ敵には、俺たちの居場所は察知されてる。だったら、いくら機密情報にアクセスしたって、結果は変わらない」
「それって、敵の照準器の前に飛び出すようなもんじゃない!」
「今だってそうだ。だが俺たちは生きてる」
『試されてるんだ』。俺はそう言い放った。
自分がどんな顔をしていたのかは分からない。しかし、どうやら羽澄は納得してくれたらしい。
「で、どんな情報が欲しいのよ?」
「ここ数年で警視庁、あるいは警察庁を退職したプロファイラーだ。実践経験豊富な、年嵩の人物がいい」
「まさか、修也のプロファイリングをするわけ?」
「ああ、そうだ」
俺は胸の前で腕を組んだ。
「軍のお偉方は、親友だったからという理由で俺に修也捕縛の命令を下した。だが、そんな俺にも分からない理由で、修也は動いている。客観的な知見で、谷修也という人間の構造を分析する必要があるんだ」
「だったら警察に公式に要請を出せば……」
「それは無理だ」
俺はバッサリと斬り捨てた。
「こちらの味方が増えれば、死傷者も増える。それに、去年の夏に警視庁も警察庁もプロファイリングのシステムを一新した」
「AIを導入した、って話?」
頷いてみせる。
「機械任せにしていては遅いんだ」
「それは逆でしょう? AIの方が、犯人の心理を見抜く能力は人間以上だって言われてるのよ?」
俺はやれやれとかぶりを振った。
「AIで測定できるほど、あいつは安っぽい男じゃない」
先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「調べてくれ。あんたの端末の方が、現行の最新ネットワークとの互換性は高いんだろ?」
「そりゃあそうだけど」
「頼む」
俺はピシリと両腕をズボンの折り目に当てた。腰から身体を折って四十五度の完璧なお辞儀を披露する。
「ちょっ、顔上げなさいよ! 突然調べろって言われて混乱してるのに、そんな最敬礼されたら余計頭が……」
「頼む」
再び、同じ言葉を繰り返す。しかし今度は、俺は顔を上げ、自然体で振る舞った。
「えっと、概要は分かったわ。最近退職した、年配のプロファイラーね?」
「ああ。元警視庁の人間に絞ってくれ。全国規模で調べても、あんまり遠くに足を運んでいる時間はないかもしれない」
「了解」
すると、羽澄は勢いよく立体画像パネルを展開し、壁に映した。プロジェクション・マッピングの要領だ。
棚の上に端末を置き、キーボードの画像を開いて、凄まじい勢いでタイプし始める。その頭上では、様々な人相の人間のデータが代わる代わる映し出され、流れていく。
自慢ではないが、俺の動体視力は特殊作戦群第八課の中でも指折りだった。何か気になることがあれば、すぐに脳がそれと認識してくれるはずだ。
「ストップ!」
俺はとある元・プロファイラーの画像に目を止めた。
「羽澄、二人前の女性の写真を映してくれ」
「何か分かったの?」
機器を操作しながら、羽澄が尋ねてくる。
「経歴が気になった。ゆっくり読ませてくれ」
その女性プロファイラー、名前は姫島亜弥。特にこれといった特徴のない、いかにも日本人女性らしい顔をしている。美人と言ってもいいのかもしれない。
だが、真っ黒な長髪はあちこち跳ねており、目も半開きでどこか虚ろだ。写真だけ見ていたら、彼女に注目することはなかっただろう。
「この人、どこかで見たような……?」
「あんたもそう思うか、羽澄」
そう言いながら、俺は、自分が捉えた文字列に注目した。
「八年前の地下鉄爆破テロで、被疑者のモンタージュ作成に協力しているな」
「ほ、本当?」
「ああ。経歴を見れば分かるだろう」
数秒の後、羽澄はごくりと唾を飲んだ。
「年齢は三十二歳。八年前は二十四歳だから、プロファイラーとしての実力は相当なものだったんだろうな。この若さで、あんな大規模テロの調査に携わるとは」
俺は羽澄の方に向き直り、『作戦変更だ』と一言。
「どういうこと?」
「年配のプロファイラーを探していたが、彼女を頼ってみようと思う。姫島亜弥・元分析官だ。あんたが左足を失い、俺が親父を亡くした事件に関わっている。彼女は他のプロファイラーよりも、気づく点が多いかもしれない」
ふむ、と頷く羽澄。
「でも、ちょっと不自然ね」
「何がだ?」
「彼女、二年前に退職してるわね。警視庁で大規模テロの捜査に関与する、っていったら、高給取りでしょう? どうして辞めちゃったのかしら?」
「何はともあれ、姫島亜弥に会ってみなけりゃ分からない。行くぞ。着替えて携行武器のチェックだ」
「了解」
そう言って、羽澄は隣の部屋に引っ込んだ。かと思いきや、すぐにドアを開け放つ。
「着替えるから」
「ああ。それがどうかしたか?」
「覗いたらその首、蹴って斬り落とすわよ」
「は?」
何を言ってるんだ、全く。ストン、と封じられるドアを見ながら、俺は考えた。まさか俺、羽澄に意識されてるのか?
いやいや、あり得ない。何度も思い出す光景だが、あいつは傷痍兵だった俺をつっ転ばして負傷させたのだ。ここ数日の間に、異性として意識される要素はなかった。と思う。
「やれやれ」
俺は、少しだけ期待を抱いてしまった自分の煩悩を打ち消すべく、防弾ベストと拳銃の整備に取り掛かった。
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