第13話

《瀬川篤軍曹、聞こえるか? こちらは坂田哲郎軍曹だ。所属は国防軍特殊作戦群第三課。いや、『元』とつけるべきか》


 俺は、多脚マシンのかしゃんかしゃんという音が止んでいることを確認した。壁に背を当てながら、拳銃を掲げて周囲に視線を走らせる。

 坂田はどこだ? どこから通信している?


《俺は現在、霧崎羽澄警部補を人質にしている。下手な詮索はしないことだ》

「おい、話をする気があるなら、顔ぐらいみせたらどうだ? それから、霧崎警部補の声を聞かせろ」

《あ、篤!》


 意外なほどすんなりと、霧崎の言葉は耳に飛び込んできた。


「無事か、霧崎?」

《ええ! でも返り討ちに遭って――》

「分かってる。こっちも時間をかけすぎた」

《仲のいいお喋りはここまでだ》

《きゃっ!》


 短い悲鳴。霧崎は引っ張り倒されたらしい。

 

「おい、人質は丁重に扱えよ!」

《以降、気をつける》


 素っ気ない坂田の声音。霧崎に暴力を振るうつもりはないようだが、言葉運びの感覚は固い。やはりこいつの胸中にも、信念と呼ぶべき正義感が籠っているのだろう。


《あと六百秒。十分ほどその場で待ってもらおう。それで目的は達せられる》

「その目的は何だ?」

《時間稼ぎをしても無駄だ。と言いたいところだが、待たねばならないのはお互い様のようだな。ここに俺がいる目的は、第八課のバイタルモニター探知システムを破壊することだ》

「そのためのコンピュータウィルスを仕込みに来たのか?」

《そんなところだ。瀬川軍曹、昨日の箱を分析にかけているんだろう? 解析完了まであと八十五時間といったところか。それもいいが、このウィルス注入が完了すれば、復旧まで二週間はかかる。谷曹長の目的が達せられるまでのことを考えれば、十分すぎる時間だ》

「それは俺が防いでやる」


 しかし、俺の言葉を無視して坂田は続ける。


《二週間も第八課の人間が自由奔放に動き出したら、一体どうなるかな? バイタルモニターは、君らの安全装置と同様に、首輪にもなっている。君たちは兵士として優秀だからこそ、管理される対象にもなっている。都内で彼らほどの軍事力を有する部隊が解き放たれたら、この国はどうなると思う?》

「ふん、馬鹿な!」


 俺は言い捨てた。


「俺たちが反乱を起こすとでも? 笑わせるな! クーデター分子は存在しない! 毎月の心理診断で、俺たちの精神状態は健全であることが証明されている!」

《だがこうして、谷曹長が命令違反を犯してこんな行為に走っている。君たち第八課の人間は、常に危険で過酷な任務に従事させられてきた。政府に対する恨みつらみもあるんじゃないか?》

「ぐっ……」


 俺は反論しかけて、止めた。

 反乱こそ見聞きしないが、精神を病んで除隊する人間が多いことで、第八課は悪名高い。

 だが。


「修也は模範的な兵士だ! 機密データを盗んで逃走? んなわけあるか! 冗談抜かせ、馬鹿!」

《馬鹿はどっちかな。ウィルス注入完了まで残り百八十秒、三分だ》

「……」


 俺は沈黙した。が、同時に確信した。この勝負、もらった。

 修也が坂田に託した任務より、それを妨害するという俺と霧崎の使命の方が先に達せられる。


「今だ、霧崎!」


 叫ぶと同時、この区画の照明が全て消灯した。代わりに、橙色の非常灯が点滅を開始する。


《ッ! 何事だ⁉》

「答えるかよ、馬鹿!」


 そう叫びながら、俺は踵を返し、三十ミリガトリング砲のそばに立った。無論、生身の人間が装備して使える代物ではない。

 だが、そんな重火器を、俺の左腕は軽々と持ち上げ、腰の高さにまで引っ張り上げた。


 俺は未稼働だった多脚マシンの群れに向かって、銃撃を開始した。呆気なくバラバラに瓦解していくマシンたち。空薬莢が落下して、硬質な音を立てる。


《な、一体何が起こっているんだ?》

《ちょっと黙ってなさい!》

《がっ!》


 どうやらマシンたちの操縦室では、霧崎が坂田の隙をついて反撃に転じたようだ。

 

 これは作戦の内である。

 もちろん、霧崎が坂田の身柄をさっさと押さえてくれれば、それに越したことはなかった。だが、仮に返り討ちに遭ったとしても、霧崎が『切り札』を使ってくれれば済む話だった。


 その『切り札』とは、電磁パルスグレネード。俺たち第八課の人間たちが、何故秘密主義に走らねばならなかったのか、その理由の一端となるアイテムだ。

 その性能は、半径三メートル以内の電磁装置一式のシステムを強制的に破壊、または一時停止させる、というもの。

 また、グレネードとはいっても、厳密には爆発物ではない。あまりにも凄まじい光量を発することから、グレネードという仇名がついただけだ。


 俺はこの区画に突入する前に、霧崎に『切り札』を一つ渡しておいた。そうそう安価なものではないので、使うとしても一度の作戦につき一回きりだろう。それを、霧崎は絶妙なタイミングで使ってくれた。


 これで、通信妨害装置も解除されたはず。本隊と連絡が取れる。


「こちら裏口突入班、瀬川篤軍曹! 至急応答されたし!」

《こちら本隊、通信回復を確認。何があった?》

「目標の位置を確認、並びにトラップを全面排除。直ちに地下三階に集合してくれ!」

《了解。まず先遣隊を向かわせる》


 俺は『さっさと全員来てくれ!』とでも叫びたいところだったが、俺や霧崎の声紋認証で敵が偽装している可能性を考慮したのだろう。まずは、先遣隊四名が加勢してくれることとなった。


 残る懸念事項は、霧崎の身の安全だ。

 俺は復旧した端末を見下ろし、本部とのリンクを開始した。この区画には、どこかに小部屋が付設されているはず。そうでなければ、坂田が多脚マシンたちを起動させた説明がつかない。


 どこに小部屋があるかを把握する。そのために、俺は端末に超音波反響装置をダウンロードしているのだ。小部屋、すなわち敵の居場所が分かれば、霧崎を救出し坂田の身柄を押さえることができる。


「ダウンロード完了、っと」


 俺はすぐさま、周辺の区画をスキャンした。すると、


「お?」


 ちょうど自分が背を当てているコンテナの正面に、空洞があることが分かった。どうやらそこが小部屋のようだ。

 スキャンはさらに継続される。スキャンの範囲が広がるにつれて、その小部屋の後方にトンネルがあることが分かった。

 坂田はそこからこの区画に侵入し、第八課のバイタルモニター装置を破壊してから、そのトンネルを逆走して逃げおおせるつもりだったのだろう。


 俺は左腕を引き、思いっきり壁面を殴りつけた。


「うおおっ!」


 壁面は、呆気なく崩壊した。俺はすぐさまホルスターに手を伸ばし、拳銃を構える。


「全員そこを動くな! 霧崎、無事か!」


 濛々と土埃が上がり、視界は不明瞭だ。坂田からの銃撃を警戒し、俺はしゃがみ込む。


「応答しろ、霧崎!」


 すると、ぐしゃり、という生々しい音が埃の向こうから聞こえてきた。筋肉が断ち切られ、深々と臓器をえぐるような音だ。

 俺は坂田のいう人間と面識はない。だが、この期に及んで人質を連れて逃走することは考えないだろう。俺なら人質を捨てる。

 ということは、霧崎が刺されたということか?


「霧崎っ!」


 俺は慎重さをかなぐり捨てて、土埃の中へと突っ込んだ。すると朧げに、人影が浮かび上がった。二人だ。しかし、俺の眼前で、一人がばったりと床に倒れ込んだ。


「貴様、よくも霧崎を!」


 霧崎は近接戦闘用のナイフを装備していなかったはず。やはり、やられたのは霧崎だ。


 出会って一週間と経っていない、作戦同行者。いつも我を張って、俺の心境など気にもかけなかった、自称リーダー。


 何故俺が、そんな霧崎のために焦っているのか。全く以て謎だ。

 それでも一つ確かな気持ちがある。それは、霧崎の命を奪った坂田という人間を許せない、という熱い憎悪だ。


「坂田あああああああ!」


 俺は叫びながら、左の掌を壁に着いた。バネの要領で自分の身体を跳ね飛ばし、一気に人影に向かって接敵する。

 そのまま右腕を人影の首元に回し、床を滑るようにして壁に押しつける。


「てめえ、よくも霧崎を!」


 そう叫んで左腕を引き絞った、次の瞬間だった。


「待って!」

「ッ⁉」


 俺は左腕を引き止めた。慌てて右腕で埃を振り払う。すると、俺に右腕でヘッドロックをかけられて横たわっていたのは、霧崎だった。


「お、お前……!」

「篤……」


 馬鹿な。霧崎はたった今、坂田に惨殺されてしまったのではなかったか。

 まさか、彼女が坂田からナイフを奪って反撃した? いや、それは考えにくい。一度は霧崎を捕縛した坂田だ。ナイフを引っ手繰られるようなヘマはしないだろう。


「霧崎、無事、なのか?」


 俺が切れ切れに声をかけると、霧崎は『何とかね』と答えた。思ったよりも軽い調子だった。


「坂田の持ち込んだウィルスは、システム全体が感染する前に食い止めたわ。まあ、坂田の持ち込んだメモリ端末を破壊しただけなんだけど」

「そ、そうか」


 俺は左腕を下ろし、ヘッドロックを解除してからぺたりと座り込んだ。安堵感が胸中を駆け回る。だが。


 システムが破壊されずに済んだ。それはいい。しかし、霧崎はどうやって戦ったのか?

 振り返って見て、俺は愕然とした。坂田の遺体は、腰から上下がぶった斬られていたのだ。これはナイフ程度の武器でできる芸当ではない。


「き、霧崎、お前、何をしたんだ……?」


 俺が目を丸くして尋ねると、


「あんたには見せておくしかないわね」


 と言って、彼女は離れるようにと手で合図をした。

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