第12話

 だが、俺たちはうっかりしていた。坂田が無線操縦できる距離にいるということは、監視カメラの映像の収集も自由だということだ。


 その事実に気づいた、まさに次の瞬間。微かな金属音が背後から響いてきた。

 かしゃん、かしゃん、かしゃん。それはあたかも、何らかの足音のように聞こえた。


「伏せろ霧崎!」


 俺は振り返り、左腕で霧崎の後ろ襟を引っ掴んだ。


「ひっ!」


 息を詰まらせる霧崎を、そのまま仰向けに引き倒した。逆に、俺自身はうつ伏せに倒れ込んだ。後方に視線を走らせる。

 まさに次の瞬間、俺の背中を撫でるかのように、無数の弾丸が飛来した。俺は危険を覚悟で目を上げ、弾丸を撃ち出している『そいつ』を見据えた。


 多脚マシンだった。一機が起動状態に入り、俺たちを殺しにかかっている。

 光学センサーを搭載した前部。ちょうど頭部にあたる部分で、瞳のように真っ赤なモノアイが輝いている。

 背中に装備した機関銃からは、硝煙が上がっていた。


「野郎!」


 俺は右手を添えつつ、左手で拳銃を構えた。幸い、多脚マシンは未完成品らしく、駆動部品やケーブルが露出している。

 敵の背部で自動的に弾倉が交換される。その隙をついて、三発を発砲。一発はモノアイを、もう二発はそれぞれ左右前足の関節部を破壊した。

 多脚マシンはがくん、と前足を折り、すぐさま機能を停止した。


「霧崎、状況は?」

「状況って?」

「まだ動きそうな多脚マシンはいるのかって訊いてんだ!」

「ま、待って。この部屋の通信状態からすると――」


 霧崎が答える前に、鎮座していた多脚マシンのモノアイが、一つ、二つと点灯した。


「まずい! このままだと、あと十分でマシンが全機起動するわ! 全部で二十機!」

「チッ!」


 俺は大きく舌打ち。

 周囲を囲まれたら終わりだ。多脚マシンが全機起動すれば、それは容易いことだろう。


 幸いなのは、二十機全てがいっぺんに起動したわけではない、ということだ。

 多脚マシンを起動させる具体的な方法は分からない。だが、坂田もまた、全機を起動させるには至っていない。現在、残る十九機のうち、起動しているのは二機。


「おっと、たった今三機になったか」


 俺は拳銃の使い勝手を考えた。残弾と自分の命中精度、敵との距離を鑑みる。


「霧崎、俺が囮になるから、あんたは坂田の身柄を押さえろ」

「何ですって?」

「繰り返す暇はない!」


 起動直後と思しき機体に、残りの三発を撃ち込む。素早くリロード。


「あんたの装備なら、通信波を逆探知して坂田の居場所が分かるだろう? さっさと行け!」

「篤、多脚マシンを一人で片づけるつもりなの? 無茶よ!」

「だからそうならないために、マシンの起動を阻止しろ! 聞こえたな?」

「り、了解!」


 多脚マシンたちに背を向け、霧崎は駆け出した。大型コンテナの隙間を縫うように。

 俺はそれを援護すべく、左腕でコンテナを殴りつけた。というより、左腕をめり込ませた。

 マシンの銃口の動きが鈍る。俺と霧崎、どちらを狙うか迷ったのだろう。


「させるかよ!」


 俺は左腕を引き抜く勢いで、コンテナをその内側から引っ張った。バックステップで距離を取る。同時に、コンテナが目の前で横転する。

 その直後、鋭い金属音が空を裂いた。多脚マシンの機関銃が、俺を狙ったらしい。コンテナを盾にして、銃撃が止むのを待つ。その間に、手榴弾のピンを抜く。

 まさに襲撃が止んだ瞬間、俺はコンテナの陰から身を乗り出して、手榴弾を投擲した。


 最大効果域で爆発した手榴弾は、まとめて二、三機のマシンを行動不能に陥らせた。だが、後方で操作しているのは人間だ。何度も同じ手は使えまい。


 その時だった。


《篤、ゴーグルを捨てて!》


 霧崎の声が、ヘルメット内に装備した小型スピーカーを震わせた。何か策があるのだろう、俺は無条件で指示に従った。


 次の瞬間、天井の照明が点灯した。霧崎が照明のスイッチを発見したのだろう。いきなりフルカラーになった視界に、金属質のマシンの前足が飛び込んでくる。


「白兵戦もできるのか!」


 俺は横っ飛びして、マシンの前足に装備された爪を回避した。あの速度で跳びかかられては、重傷は免れまい。


 床の表面が削り取られるジリリリッ、という音がする。爪が食い込んだらしい。


「だったら!」


 今度は俺が、マシンへと接敵した。両膝をバネに、宙を舞う。そのまま左手を前方に突き出し、マシンの機関銃を掴み込む。

 マシンは暴れ、爪を振り回した。だが、俺は身をよじって何とかこれを回避。機関銃のうち一丁をもぎ取り、蹴りを入れて吹っ飛ばしながら、引き金と思しき部分に力を込めた。


「うあああああああ!」


 雄叫びを上げながら、マシンをハチの巣にしてやった。自分の装備で仕留められるとは、不憫な兵器もあったものだ。


 俺がもう一機の方に振り向くと、そいつはコンテナを跳び越えて前足を伸ばしてくるところだった。コンテナの陰にいる俺を仕留めるには、機関銃より白兵戦の方がやりやすいのだろう。四本の足には、鋭利かつ高硬度な爪を装備しているのだから。


 だが、それはお互い様だ。俺にだって、この左腕がある。

 コンテナから飛び降りて、俺に迫る多脚マシン。予想以上に俊敏だ。俺は上半身を仰け反らせて、突き出された前足を回避。眼前を通過していくマシンの脇腹に、左の拳を叩き込んだ。


「うおらあっ!」


 一瞬、視界が真っ白に染まる。どうやら電動機関部が粉砕され、電流が弾け飛んだらしい。

 俺が瞬きを終えた時、マシンは横倒しになっていた。そのまま、殴られた勢いで滑っていく。


 同時に今度は背後から、かしゃん、と音がした。挟み撃ちにするつもりだったのだろう、高く積まれたコンテナの上から、銃弾が雨あられと降ってくる。

 俺はさっと屈みこみ、思いっきり左の掌を床に押しつけた。手首、肘、それから肩に力を込め、一気に伸ばす。掌から何かを投擲する感覚に近い。


 自分のいた場所に銃痕が刻まれていく。

 不思議な感覚だった。一瞬でも動きが鈍っていたら、俺は間違いなく肉塊と化していたに違いない。

 にも関わらず、俺は恐怖を感じてはいない。それどころか、気分の高揚すら覚えている。


 今までの作戦でも、そんな気分になることは度々あった。敵として駆逐するよう命じられた者たちを打ち倒す。そこに罪悪感は存在しなかったし、逆に、これが自分の存在意義なのだと言い張るだけの自信すら与えられていた。


 そんな暴力行為に、更なる価値を付加させたもの。それは言うまでもなく、この左腕だ。

 僅か数日の付き合いではあるが、攻守共に俺の『力』を底上げさせたのは間違いなくコイツだ。


 待てよ。『力』? それは一体、何のための『力』だ?

 敵を倒すための『力』? それはそうだ。俺は軍人なのだから。

 障害を突破するための『力』? そうとも言えるだろう。俺は人間なのだから。

 

 何だか考えていることが抽象的だな。具体的に、俺は何をしようとしているのか、それを想像しなければ。

 今回の任務について考えてみれば、この『力』は。


 ――修也を殺すための『力』? そうなのか? 軍人として、人間として、親友を殺すのが平気だと言い切ってしまっていいのか?


 俺の思考を現実に引き戻したのは、多脚マシンだった。

 銃撃では上手く俺を仕留められない。そう判断したらしく、コンテナから飛び降りて爪を展開させた。

 だが、別な一機が背後から迫っていることを、俺は察した。


「防音性能にはまだ課題があるらしい、なっ!」


 そう言い放ち、まずは前方の一機へ向け突進。こちらから迫ってくるとは考慮していなかったのか、マシンは一瞬、沈黙した。


「ラッキー!」


 俺は小さく呟き、スライディングの体勢で突っ込んだ。ホルスターに戻していた拳銃を抜き、そのまま銃撃。一機目と同様、三発で仕留めた。


 これだけ距離を取れば、後方の一機はまず銃撃を開始するはず。そのくらいには、この多脚マシンの癖のようなものは掴めている。

 俺は転がるようにして、コンテナの陰に入り込んだ。金属の擦れる異音が響く。この間合いで銃撃してくるということは、挟み撃ちは諦めたということか。


 リロードしてから、再び手榴弾を投擲。ただし今回は、積まれたコンテナの上で弧を描くように、だ。短い爆発音に混じって、金属片の散らばる音がする。仕留めたらしい。


 俺は多脚マシンの並んでいた区画から遠ざかるように、勢いよく駆けていく。かなりの足音を立ててしまっているから、距離は稼げても居場所を偽ることはできないだろう。


 霧崎、急いでくれ。

 そう思った矢先のこと。区画の四隅に配されたスピーカーから、思わぬ声が聞こえてきた。

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