Evening/Good bye-18

「そういうことか」

 アラタが呟くと、視線が集まるのがわかった。だがアラタはそれを無視して、ヒカルを睨みながら言葉を紡ぐ。

「だけど、どうしてそこまでするんだ。別に、逃げればいいじゃないか。逆に、〝ヒカル〟という人物は、いなくなってしまうんだろう」

 何を話しているのかわからないのか、マキがシンジロウに困惑の眼差しを送る。シンジロウは頷いて、小さな声で解説を始めた。

「……ヤツは、九頭、という人間に、なりかわろうと、としている……。……そのために、俺たちに痕跡を追わせ、見つかった痕跡は、その場で消してきたんだろう……」

「!」

 マキが驚き、シンジロウが頷く。

「……信じられないだろう……。だから、今、アラタが聞いている……」

 マキは、改めて〝ヒカル〟を見た。いけしゃあしゃあと、〝九頭竜一〟を演じている。

「どうしても何も、俺がしたいのは、俺に関わった人、全員の救済なんだ」

 〝ヒカル〟がへらへらと笑って言った。その表情で、まったく本気に見えないが、言っていることも、なんとも現実離れしたものだった。アラタが、眉をひそめる。

「関わった人?」

「そう。俺は、価値のない人間なんだ。だから、価値のある人を助けることで、価値を見出すしかない。そして同時に、他人を価値のある人間にすることで、俺に価値が出てくる。だから、九頭を、悪い人間のままにしておくことは、できなかった」

「でも、殺したんだろ? 三週間前に出た死体は、九頭だったんだな」

 アラタが、鋭い眼差しで〝ヒカル〟を刺した。しかし〝ヒカル〟は、動じる様子も無い。

「そ。〝悪〟だったからね。もう死ぬしか、あの人は救われなかった。でも、俺が彼になることで、彼は価値のある人間として生まれ変わることができる。俺もそうだ。だから、これでいいんだよ」

 論理が、破綻している。アラタは首を振って、「狂ってる……」と吐き捨てた。アラタはその言葉を嬉しそうに受け入れ、笑っていた。

「そうだよ」

 手を広げ、一回転する。

「でも、この中で、狂っていない人間なんて、いるか? 同性を愛し、嫉妬し、引き籠り、夜に逃げ込み、人を殺す。でも、だからこそ俺は愛おしいんだ。お前たちは何も間違ってなんかない。自分の見ているもの、自分が感じたことこそを信じればいいんだ。それが、いくら狂っている、と言われようとも、自分が正しいと思ったら、それが正解さ」

 向こう側の三人は、その言葉に雷に打たれたように直立不動になっている。泣きそうになり、深く頷いている者もいた。

 だが、アラタは顔を上げ、鋭く〝ヒカル〟を見据え、言った。

「そんなことはない。言っていることに一理はあるが、間違っていることは、間違っている。だから、正されなきゃいけないんだ」

「どうして間違ってると、言い切れる?」

 〝ヒカル〟が薄っすらと笑いを湛えたまま、訊ねる。

「簡単さ。他人に迷惑をかけたら、それは間違ってる。だからお前は、九頭に迷惑を掛けた時点で、どんなことをしようが、正解には辿り着けないんだよ」

 〝ヒカル〟はその言葉を吟味するように目を閉じた。だが、目を開けると、ゆっくりと首を横に振った。

「まず九頭が、迷惑を掛けていた。それを取り除き、尚且つ九頭をいい奴にまでしてやってる。俺は何も、間違ってなんかいないよ」

「死んじまったら、そんなこともわかんねえだろう!」

「いいんだよ。社会は、世界は、共通認識で作られている。記憶と証言で、九頭がいい人、として社会に存在すれば、九頭は生きているし、死んだ奴なんかいないんだ」

「何言ってるかわかんねえよ……」

 アラタは溜息を吐き、力が抜けたように地べたに腰を下ろした。

「……結局、お前は、どうするんだ……」

 代わりに、シンジロウが訊くと、〝ヒカル〟は腕を広げ、答えた。

「もう、したいことは済んだ。俺は、街を出て行くよ」

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