Evening/Good bye-17


 向こう側の男が言った言葉に、頭がついていかない。

 ヒカルが、人を殺した?

 シズカは戸惑いながら、ふたりを見た。ふたりとも、考えることを放棄したように目を丸くしている。

 アキだけは、平然と、ヒカルの隣りにいた。

「な、なあヒカル。向こうの彼らは、誰なんだ? 何を言っているんだ? 確かに、ヒカルがその姿になっていることに意味はあるんだと思う。でも、お前が人を殺すはずないだろ? 何か、間違ってるんだよな? なあ、教えてくれよ。どうなってるんだよ!」

 いつも冷静沈着なシズカが、珍しく声を荒らげた。しかし、ヒカルは何も反応を示さない。

 代わりに、隣りにいたアキが、ゆっくりとヒカルの回りを歩き始めた。

「ねえ、皆、私のこと、どれだけ知ってる?」

 急に問いかけられ、返答に困る。シズカが口籠もっていると、ヤユスキが口を開いた。

「全部知ってるよ。山田秋子。十六歳。学校での成績は中の上。男女分け隔てなく話せるので、学校内では人気者。スポーツも万能。でも本気でやってるのはボランティアで、部活には身を入れてない」

「あはは。詳しいなあ。ありがと」

 アキは笑いながら、歩くのを止めない。

「でも、それは明るいうちの私だよね。ねえアラタ、〝シュウ〟って、どんな子だった?」

 アキが反対側に声を掛ける。

 反対側の背の高い男が、暫し逡巡して、答えた。

「別に、どうってことない、普通の……」

 そこまで言って、言葉につかえた。その様子を、アキは嬉しそうに眺める。

「普通の?」

「……ダチだと思ってたよ」

「男の、でしょ?」

「ああそうだよ! 勘違いしてたよ!」

 男が頭を掻き毟りながら認めるのをアキは満足げに頷き、改めてシズカに向き直った。

「ね? これくらい、ひとりの人間でも違う面があるんだよ?」

「だから、何が言いたいんだ?」

「あれ? わかんない?」

「わかるよ。わかるけど、わかりたくない」

「ふふ、シズカは賢いからねえ。そういうとこ、好きだよ」

 唐突に無邪気に言われ、シズカが固まる。その横で、ヤスユキが吠えた。

「こっちはわけわかんねえよ! だから何だってんだ!」

「あはは。ヤスのそういうとこも好きだなあ」

「はぐらかさないで、ちゃんと言ってよ」

 トオルが口を挟んだ。その視線は、アキへ、厳しいものになりつつなる。だがアキは特に気にすることなく、舌を出す。

「ごめん。でも、トオルのそういう真面目なところも、好きよ? さて、と。そんなわけで、私が言いたいのは、そんなのどうだっていいじゃん、ってこと。今はヒカルが、〝九頭〟なの。それで、悲しむ人間は、誰一人いないわ。それじゃあ、ダメ?」

 言葉についていくのに難儀する。誰もが、真意を推し量った。

「……それは、つまり、認めるのか……?」

 向こう側で、体格のいい男が問い質した。だがアキはそれに含み笑いで答えるに留める。焦れて、シズカが希った。

「いいよ、人間に色々な顔があるのは、認める。僕たちだって、アキの裏の顔なんて知らない。でも、それでいいと思ってる。今会える、そのままのアキで。だから」

「勝手に知ったかぶりしないで!」

 急に、アキが言葉を遮った。シズカが、固まる。

「……私は、朝の、学校の自分を、必死で作ってた。それをヒカルに救ってもらいはしたけど、それでも窮屈だった。そんな私を、いいなんて言わないで」

「わ、悪かったよ。それで、ヒカルは……」

「だから私は、ヒカルを守る。裏表、全ての私を受け入れてくれた、〝この人〟を守るの。それが、答えよ」

 アキは息を整えると、儚げに笑った。それはどこか寂しそうで、同時に嬉しそうだった。

「〝ヒカル〟は消えようとも、ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る