Morning/4-4
部屋を出ると、女性はもういなかった。シズカが周囲を見ると、廊下を奥へと進む後姿が見えた。慌ててそれを追う。
女性は振り返ることなく、奥の「STAFF ONLY」と書かれた扉をスライドさせ入っていった。
扉の前に立ち、暫し悩む。シズカが振り返り、ヤスユキとトオルを見た。
「……もし誰かが待ち構えてたら、どうする?」
「仕方ないだろ」
「ヤスの言うことに根拠はないけど、この街では知名度の高い大手事務所なんだから、幾らなんでも無茶なことはしてこないと思う」
「そうだね。僕らが捕まったときにアキが心配だけど……」
シズカが、呟きながら扉に手をかけた。
「やめとくか」
ヤスユキが言った。シズカが手を止め、ヤスユキの目を見た。からかいも、躊躇いもない、真剣な眼差しだ。
頷きかけたとき、扉が内側から開かれた。
「何してるのよ。大丈夫。芸能事務所が皆ヤクザがやってるなんて、素人の思い込みよ。ほら、なんだったら中見てみなさい? 誰もいないでしょ? 私も別に誰かに聞かれたいわけじゃないし、お姫様も安心だから、ほら、早く入って」
「でも」
「そんなに心配だったら、首を突っ込まないで、お姫様を安全なところに監禁しといたら?」
女性が呆れたように扉に寄りかかって首を傾げた。その挑発に、三人も頷く。
「失礼します」
「あいつは、止めたって止まるはずないしな」
「だね、大事なこと忘れてた」
三人が中に入ったのを確認し、外に目を光らせてから、女性は扉を閉め、鍵をかけた。
「これで誰かが入ってくることもないでしょう? 安心した?」
「外に出たら、ってこともありますからね。念のため、会話を録音してもいいですか?」
シズカがスマートフォンを取り出して女性に見せた。女性は肩を竦めつつ、応えずに椅子に座った。シズカはそれが了解の合図と取ったのか、ボタンを押して机の上に置く。
「あなたたちも座ったら?」
手で示して、女性は足を組んだ。黒のスカートから、ストッキングに包まれた太腿が覗き、繊維が蛍光灯を反射して光る。
何かに気圧されるように三人は無言で回転椅子に腰を降ろした。それを見て、女性が口を開く。
「そういえば、自己紹介もまだだったわね。私は、ツツミレイカ。名刺もあげる」
ツツミレイカは、机の上に放り投げてあった名刺入れを無造作にとると、名刺を三枚取り出し、三人に配った。
そこには、「大和田コーポレーション 常務 堤怜香」と書かれている。
「まあ細かい話は無しとしましょう。あなたたちもお姫様が気になるだろうから」
怜香はウインクをしてみせ、口の端を持ち上げると、煙草を取り出し一本口に銜えた。
「それで、ヒカル君だったわね」
火を点けながら、話を続ける。三人は黙って頷き、続きを待った。しかし怜香はゆっくりと吸い、ふう、と煙を優雅に吐いた。
「私が彼を知ったのは二年前くらいだったわ。本当に偶然、街で見かけてね。気づいたら、声をかけてた」
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