Night/3-5
〝ヒカル〟が急にいなくなったことにより、顧客リストも失われたのだろうか。熱心に新規の客を探しているのかもしれない。
アラタはカイピリーニャを受け取ると、口を付けながら男の様子を窺った。携帯を取り出し、片手で「ターゲット確認。注意されたし」とメッセージをふたりに送ってから、テーブルに肘を置き、相手に気づかれないように探った。
「ねえ、ひとり?」
だが、急に声を掛けられ、アラタは仕方なく素知らぬふりで携帯を収めつつ、そちらに顔を向けた。昨日の女・レミがにっこり笑って立っている。
「何だ、あんたか」
「何だ、って挨拶ね。ねえ、あんたたちまだ〝ヒカル〟を追ってるの?」
レミの質問に片眉を上げたアラタは、男の動向をチェックしつつ、体をしっかりとレミに向けた。
「勿論。なんかあったのか?」
「別に。でも、あんたたちが欲しい情報なら、手に入れられるかも」
「どういうことだよ」
「あんたたち、あいつを追おうとしてるんでしょ」
レミが顎でフロアの奥をさした。その先では小太りの坊主頭が人波に浮き沈みしていた。
アラタが、黙って頷く。レミはお茶目にウインクをして、口をアラタの耳元に寄せた。
「あいつ、〝ヒカル〟の代役として元締めにここに寄越されてるの」
わかってる、というようにアラタはまた頷くと、レミはちらり、と坊主頭に視線をやって、また顔を寄せた。口元を手で隠しながら、囁く。
「ということは、ある程度ヒカルの情報を上から与えられてる、ってことでしょ? そして、私は〝ヒカル〟からクスリを貰えなくなって、あいつにあたるしかない」
そこまで言って、わかる? というように顔を離して上目遣いにアラタを見た。アラタは黙って頷き、だが顔を顰めた。
「あんたに何かメリットはあるのか?」
「あたしをここまで堕とした、〝ヒカル〟の行方に興味があるの。協力して上げるから、ね」
レミはアラタの頬にキスをすると、人波へと飛び込んでいった。それを険しい顔で見送りながら、アラタは再びカイピリーニャに口を付ける。
携帯を取り出し、ふたりにメッセージを送った。
――昨日の女が暴走している。もしかしたらそっちの尾行も頼むかもしれない。
昨日の女、だけでわかってくれたのか、ふたりからすぐに「了解」と返事が来る。
それを確認して顔を上げると、レミが坊主頭とふたりで人ごみを掻き分けながらトイレの方に向かうのが見えた。人波の隙間で、坊主頭のそのごま塩部分しかいつも見えないのがどこか苛立たしい。
アラタは携帯をポケットに押し込み、ゆっくりとその跡を追った。
トイレの前が見える位置で立ち止まり、そっと辺りを窺う。別に、怪しい人物も、こちらに注目している人間もいない。
改めて、トイレの前に体を滑り込ませた。
ふたりの姿は無い。トイレの中だろうか。
また周囲を窺って、扉に耳を近づけてみるが、音は聴こえなかった。
頭を持たれた。
そう感じたときには遅かった。
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