第40話 アデリンのかつての恋人へのインタビュー
「アデリンと出逢ったのは、彼女がオレの舞台を見に来たのがきっかけだった。
最初は別の、もっと有名な役者が目当てだったらしいけど、二回目からはオレに宛てて花束を持ってくるようになった。
先輩たちには止められたけど、オレは舞い上がって、すぐに恋に落ちてしまった。
二人ともまだ十代だった。
結婚するには当時としても早すぎる年齢だったよ。
あいつは今もアンダーソンのままなのかい?
あのころ、オレは売れない俳優だった。
顔がいいってだけで今にして思えば演技はボロボロ。
それでもアデリンお嬢様はオレに夢中になってたよ。
それにオレも、アデリンが居れば何も怖くなかった。
二人でハリウッドに乗り込もうなんて話してたんだ。
イギリスで結婚式を上げたら、そのままアメリカ行きの船に乗ろうって。
計画を立てて、荷物をまとめた。
海辺の教会に、彼女は来なかった。
急に怖くなったんだってさ。
オレの友達がアデリンに電話をかけて、アデリンはその友達しか聞いていないと思って独白を始めて、友達は黙ってオレに受話器を渡した。
簡単に言えばマリッジ・ブルーだったんだけどね。
それにしたって、ひどい話さ。
彼女はオレを、姉の夫や、その父親と比較したんだ。
アデリンにとって姉のキャサリンは、幸せが服を着て歩いてるようなもんだった。
真面目な優等生で両親の誇りで、穏やかに見えて意志が強くて、怒りをコントロールする術に長け、手に入りそうなものをちょうど良く欲しがり。
その結果、内から見ても外から見ても完璧にジェントルマンな夫を手に入れた。
……いや。アデリンがそう言ってたってだけさ。
オレはキャサリンとはあいさつ程度に顔を合わせただけだし、旦那とは会ったことすらない。
パトリシア。
亡くなった際は痴呆症で寝たきりだったって?
オレがイギリスに居たころには、アデリンの相談相手になるぐらいには、意識はハッキリしていたはずだ。
余計なことをしてくれたモンだよ。
でも今思うと正しかったのかもな。
電話越しのアデリンの話では、パトリシアは愛の素晴らしさをアデリンに説いたんだそうだ。
ブルーダイヤの指輪を見せながら。
行方知れずの夫を今でも深く愛していると。
だからアデリンも、まあ、愛さえあれば大丈夫的なことを言ったわけだ。
だけどそれはアデリンには逆効果だった。
アデリンいわく、パトリシアにはそんなつもりはないってわかっていても、自慢話にしか聞こえなかったらしい。
パトリシアの両親は裕福で、家の仕事を継いだ息子の……キャサリンの夫って何て名前だっけ? まあいいや。とにかくそいつも優秀で、暮らしには何の不安もない。
対するオレは貧乏人。
不安定の代名詞みたいな俳優業。
ハリウッドに渡ったところで、うまくいく保証なんてない。
アデリンは、こう言ったんだ。
『アタシにはブルーダイヤがないの』って。
オレはそれを受話器越しに、友達になりすまして聞いていた。
結局、オレはハリウッドには行かなかったよ。
アメリカ行きの船には乗ったんだけれどね。
船で飲んだ酒は、まあ、ウマくもマズくもなかったが、飲みすぎたのは間違いない。
深夜の真っ暗な海に向かって罵声を吐いたんだ。
『パトリシア・ルルイエめ、ふざけやがって』みたいなのをさ。
そうしたら……ええ、わかっておりますとも……
そのルルイエなる言葉に反応して、ニャルラトホテプ
はい……ルルイエと、悪意を込めて言ってしまったから……面白いやつだと思われた……
はい……わかっております……例えばパトリシアの旦那のほうのルルイエが商売敵に陰口を言われるのとは事情が異なります……
月もない深夜の甲板に出て、大海原を眺めつつ、儀式でもない天然の呪詛を声にしてまで吐く人間なんかそうそういません……
ですからニャルラトホテプ様に……目をつけていただき……光栄でございます……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます