第39話 映画の観客(N)の証言

N「キャロラインはパニックになっていました。

 ルイーザは放心状態で、サン・ジェルマンが消えた空間を見つめていましたが、やがて思い出したように怒り出し、暴れ出しました。

 ニャルラトホテプはすでにそこから距離を取り、ゆったりと様子を眺めていたというのに、ルイーザはそれに気づかずに『早くここから出しなさい』などと叫びながら触手をそこら中の壁にたたきつけていましたね。

 ルイーザはさぞかし痛かったでしょう。

 そうこうしているうちにキャロラインの体のモノクロ化も順調に・・・進んでいきました」



Ny「しばらくするとハリボテの街が完全に壊れて、向こうに森が現れました。

 アトランティスがあった古代の森とは違います。

 現代のアメリカの、その辺の森です。

 もちろん屋敷も建っています。

 だって、ねえ、忘れてませんか?

 あなた・・・がもともと読んでいたのは、B級ホラー映画『恐怖の吸血ミイラ』についての資料なのですよ?」



Nya「その屋敷からフラフラと、キャロラインにとって・・・・・・・・見覚えのない青年が出てきました。

『オレはアーサー。オレはジョン・スミス』

 その青年はキャロラインには・・・・・・意味のわからない言葉をぶつぶつとつぶやいていました。

『今だけは……今だけはアランだ!』

 青年が叫ぶと、何もなかった空中に、映画撮影用のライトが現れました」



Nyar「まぶしさにキャロラインは思わず目を閉じました。

 光が収まって目を開けると、彼女は映写室に戻ってきていました。

 スポットライトもないし、アランもいません。

 殺風景なせまい部屋の中には、映画のエンドロールを映す、わずかな光があるだけです」



Nyarl「キャロラインの足もとでルイーザがうずくまっていました。

 触手も消えて、すっかり元どおりの姿になっていましたよ。

 目の前でサン・ジェルマンを連れ去られて、ひどいショックを受けていましたが、少なくともルイーザ自身は怪我一つないどころか服が汚れてすらいませんでした。

 キャロラインはルイーザの無事を確かめて、一まずは安堵したものの、その途端――」



Nyarla「映写機の中や、周りに積まれたフィルムケースの中から、フィルムの群れが蛇のように飛び出してキャロラインに襲いかかり、腕、脚、首と、巻きついて締め上げました」



Nyarlat「いえいえ、本気で殺そうとしていたわけではありませんよ。

 ただちょっと、どういう状態か確かめたかったのです」



Nyarlath「フィルムに引き戻すにはモノクロ化が足りなくて。

 できなくはなかったのですが、やめておきました。

 だって――」



Nyarlatho「サン・ジェルマンが居なくなり、異郷の地での異常事態に、頼れる大人はアデリン叔母さまただ一人。

 そのアデリン叔母さまが、助けてくれたのは良いのですけど――」




Nyarlathot「血走った目で獣のようにうなりながらフィルムを喰いちぎっていたのですから。


 フィルムの拘束を解かれたキャロラインは、まず呼吸を整えるのに時間がかかり、それから目をまん丸くして、事態を把握するのにさらなる時間を要していました。

 彼女はここに来るまでにさまざまな恐怖を体験してきていますが、その中でもこれが一番だったのではないでしょうか?

 叔母さまがどうなってしまったのかようやく理解できて、キャロラインは絶叫しました。

 ええ、ええ、それはそれはすさまじい悲鳴でしたよ。

 そしてそれから……」



Nyarlathote―「……いえ、ここまでにしておきましょう。

 わたしが語るよりもおもしろい資料が、ほら、あなたの手もとにありますよ」

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